スポーツ選手のメンタルケアが「常にポジティブ思考」でなくてもいい理由スポーツ選手がメンタルケアに求めているのは、ポジティブな働きかけだけではない。専門家が現場を語る

「スポーツメンタルコーチング」の手法を用いて、サッカーJリーグチーム、ラグビートップリーグチーム、バレーボールVリーグチーム、スノーボード日本代表チーム、ラクロス男子日本代表チームなどをサポートした柘植陽一郎氏(フィールド・フロー代表)。企業広報として10年間の活躍を経て、コーチングの道に進んだ稀有な存在だ。プロ選手だけでなく、部活動に取り組む選手・指導者・保護者とも並走する柘植氏の「コーチング論」をうかがった。(取材・文・撮影/編集者・メディアプロデューサー 上沼祐樹)

「常にポジティブ」じゃなくていい
という関わり方

 昨今、ビジネス、スポーツ、芸能など様々な仕事に携わる人のメンタルヘルスについて取り上げられることが増えてきました。時に重圧や孤独、不安を自分で処理し切れなくなってしまうこともあり、スポーツメンタルコーチとして、「聞いてくれる人がいる」ということの大切さを再認識しています。側に寄り添ってくれて、評価や判断や分析をしないで、ただ可能性を信じて聞いてくれる。そういった存在は、スポーツ選手以外にも必要だと感じています。

 もし、そういった存在がすぐに見つからなくても、自分1人で考え過ぎないことが大切です。今自分に何が起きていて、本当はどうなるとよいのか、そしてそのためにできることは……と、常にポジティブに前を向いてアクションをとらなければならないわけではありません。

 余裕がないときには、「今何が起きているのか」をただシンプルに感じて、受け取り、そんな自分を認めてあげるだけでよいこともあります。そして少し余裕が出てきたら素敵な未来や、まずは自分でできる行動に意識を向けてみる。常にポジティブ思考で走り続けるのではなく、肩の力を抜いてゆっくり歩いてみたり、時には立ち止まってみたりすることも必要かもしれません。

 私が関わるスポーツ選手には、大きな怪我を背負ってしまい、「アスリートとしても、自分の人生としても終わった」と、激しく落ち込んでしまう選手もいます。その落ち込む気持ちはよくわかります。ずっと関わってきた選手ですから。ただ、客観的に見たときに、選手として本当に終わってしまったような状況ではないことが大半です。

 我々のコーチングには、「タイムライン」という選手の視野が広がったり視点が変わったりすることを促す手法があります。たとえばバレーボール選手の場合、体育館の空間を広く使って人生全体を俯瞰できるような関わりをすることがあります。