P&Gの業績は大きく飛躍

 代理店からは不満の声が出た。ソーシャル・メディア・アナリストは大騒ぎだった。

 P&Gの決断は大きな間違いだと言う人が多かった。専門知識を持った代理店の力を借りなければ、デジタル・マーケティングに投じる資金を有効に活かすことはできないだろうし、オンライン広告がなければ、売上の伸びはきっと鈍化するだろうとも言われた。

 しかし、2年後、デジタル広告の予算を大幅に削減したにもかかわらず、P&Gの本業の売上の伸び率は7.5パーセントにも達していた(3)。これは競合企業の2倍近い伸びである。

 なぜそんなことができたのか。P&Gは、まさに私がここに書いてきたような、実際の正確なパフォーマンスを踏まえたデジタル・マーケティングをしたのである。

「クリック数・ビュー数」よりも「リーチ」

 まず、P&Gは、頻度──クリック数やビュー数──に重きを置く広告から、リーチ、つまり触れる消費者の数に重きを置く広告へと資金の投入先を変えた(4)

 以前は、特定の顧客に月に10回も20回もソーシャル・メディア広告を見せることもあった。データの分析によってそれがわかった。同じ顧客にそのくらい頻繁に広告を見せるとリターンは減ることになるし、せっかくの上客をいらだたせることにもなる。

 そこで、広告の表示回数は10パーセント減らし、それで浮いた資金を広告のリーチを伸ばすことに費やした。これまで広告を見たことがない新規の顧客、あるいはまだ購入回数がごく少ない顧客に広告を見せることに力を入れたのだ。

 2019年、P&Gは、広告配信の効率化によって、中国で新規顧客への広告配信を60パーセント増やすことができた。この頻度からリーチへという転換の成果は、イーベイの調査結果とも呼応している──新規の、あるいは購入回数の少ない顧客が最も広告によって動く可能性が高いということだ。

「大雑把なターゲティング」から「きめ細かな消費者理解」へ

 P&Gが次にしたのは、より適切な人を標的にするということだ。

 同社は、消費者についてのファースト・パーティー・データ(消費者との直接の関係を通じて得たデータのこと)を大量に集めた。そのなかには、約10億人の消費者の個人情報も含まれていた。そのおかげで、より個々の消費者(5)に合った広告を出すことができるようになった。

 たとえば、2019年第4四半期の実績を見ると、標的の設定が、従来の「18歳から49歳までの女性」というような人口動態に基づく大まかなものから、「第一子が生まれたばかりの母親」「初めて洗濯機を買った人たち」といった、よりきめ細かなものに変わったことがわかる。

広告配信の効率化で業績が拡大

 2015年から2019年までのあいだにP&Gは、取引する代理店の数を60パーセント減らし、代理店との契約を合理化した。これによって、代理店や広告の制作にかかるコストを7億5000万ドル下げ、キャッシュフローを4億ドル改善した。

 2019年には、コストをさらに4億ドル下げるべく、代理店の数をさらに50パーセント減らした(6)

 2020年に新型コロナウイルス感染症の流行があったことも大きい。多くの消費者が家にこもり、オンラインでの消費が増えたからだ(7)

 P&Gはその状況でも引き続き、認知度の向上とリーチに重きを置いた効率的なマーケティングを続行することで業績を伸ばすことができた。消費者の注意がデジタルのチャネルに集中した時に、デジタル・マーケティングの予算を減らしていたにもかかわらず、業績は向上したのだ。

【参考文献】
(1) Marc Pritchard, chief brand officer, Procter & Gamble, “Better Advertising Enabled by Media Transparency,” speech at the Internet Advertising Bureau's annual leadership meeting, January 29, 2017, https://www.youtube.com/watch?v=NEUCOsphoI0.
(2) J. Neff, “Procter & Gamble's Best Sales in a Decade Come Despite Drop in Ad Spending,” AdAge, July 2019.
(3) D. Christe, “P&G's Sales Jump as Ad Spending Shrinks, Data-Driven Marketing Ramps Up,” Marketing Dive, July 2019.
(4) E. Hammett, “P&G Puts Focus on Reach: It's a More Important Measure Than Spend,” MarketingWeek, June 2019.
(5) Neff, “Procter & Gamble's Best Sales in a Decade.”
(6) Erica Sweeney, “P&G Tweaks Media Model as In-Housing Shift Continues Apace,” Marketing Dive, January 17, 2019, https://www.marketingdive.com/news/pg-tweaks-media-model-as-in-housing-shift-continues-apace/546265/.
(7) Sarah Vizard and Molly Fleming, “P&G ‘Doubles Down’ on Marketing as Demand Soars,” MarketingWeek, April 17, 2020.

(本記事は『デマの影響力──なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』を抜粋、編集して掲載しています。)