目先の利益にとらわれることを戒める故事成語に朝三暮四がある。この言葉に表れているように今を最高に生きようとすることは人間の本能である。その本能からなぜ日本で投資が拡大しないかを説明できる。(レオス・キャピタルワークス株式会社未来事業室長 田中秀一郎)
人間の効用関数には
今を一番と考えるバイアスがある
中国の故事に、朝三暮四という話があります。
ある人が猿を飼っていて、朝晩の餌の量につき、「朝三個、夕方四個な」と言ったら猿が不満を言うので、「じゃあ朝四個、夕方三個な」と言って朝の餌を与えたら猿が喜んだ、という話です。
一日通じてみればもらう数は同じなのに、朝四個ということにのみ意識が行って、夕方が三個に減ることを考えないというところが、目先の利益だけにとらわれることのないように注意しよう、という戒めになります。
しかし、現代政治において、国債を発行して後で税金を増やして償還しても、今増税しても、税金の総額は同じ(※単純化のために金利を考慮しない)なのに、景気対策の原資に増税が選ばれることはほとんどありません。これは朝三暮四の逸話と一緒のように思えます。
一方、有効需要が不足している局面では国債発行による景気対策で需要喚起をすれば乗数効果が働いて…などと、国債発行を正当化するためのいろいろな理屈をつける人たちがいます。
しかし、上記の見方について学説的にもさまざまな批判があります。やはり、税の総額が変わらない点から見れば朝三暮四の逸話と一緒ではないでしょうか。
しかも、朝三暮四の場合は一日の中で帳尻を合わせているのですが、国債発行の場合は、償還のための増税より国債発行が優先されることが常態化して政府債務が累増することが多く、ある意味朝三暮四よりひどいかもしれません。
とはいえ、こういうことが起こるには何か理由があるはずです。それは動物の本性として、すでに確定してしまった過去や、結果的にどうなるかわからない将来よりも、現在の選択肢で最上のものを選ぶのが賢いという生存環境が長く続いたからではないかと思います。
狩猟採集を旨とする野生の生活では、昨日の獲物を懐かしんでも今日の獲物が増えるわけではないし、明日もっと太らせてから狩猟しようと思っていたら狼が先にその獲物を取ってしまうかもしれません。
今を最高に生きること。人間もこれが生存本能に刷り込まれてしまっているのでしょう。
そのため、人間の効用関数には今を一番と考えるバイアスがあると考えられます。
それを、ものを買うことのうれしさの程度で示すと以下のようになります。
この人間の本能に基づく効用関数で、日本において投資が拡大しない理由を説明できるのです。次ページから解説していきます。