自らの強みを顧客に知ってもらい、ブランディングする――。企業も個人も、そんな努力をしなければ、商品が売れにくい時代になった。今や情報発信が必要不可欠なビジネスの現場において、「文章力」の重要性は増していく一方である。誰にでも理解しやすい文章を書くためには、一体、どんなことに気をつければよいのだろうか?『すばらしい人体』の著者で、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者の山本健人氏に「わかりやすい文章のコツ」について聞いてきた。(取材・構成:真山知幸)
ベストセラー著者が気をつけていること
――『すばらしい人体』は、「医学を学ぶ楽しさ」を読者に教えてくれる奥深い内容でありながら、文章はとてもわかりやすいのがヒットの要因だと思います。文章を書く上で、何か気をつけた点はありますか。
山本健人(以下、山本):私が文章を書くときに最も力をいれているのが、最初のリードの部分です。冒頭部で読者を惹きつけなければ、続きは読んでもらえません。
どんな文章を書いたら、読者の心をつかめるのか。自ら運営するオウンドメディアでも情報発信しているので、アクセス解析をしてユーザーの反応をみながら、試行錯誤しました。
その結果、大きく分けて3つのパターンでリードを書くと、続きも読んでもらえることがわかりました。
冒頭で読者の心をつかむ
なにしろ、今はこれだけ周囲に情報があふれていますからね。読者の興味が少しでもそれてしまうと、簡単にそっぽを向かれてしまいます。
ほとばしる情熱だけで書いても、決して読み手の注意を引くことはできません。それでも書籍の場合は、読者がお金を払っている分、文章を理解しようと努力してくれますが、ウェブ記事ならば「文章がわかりづらいな」と思われたら、すぐに離脱されてしまいます。
『すばらしい人体』では、ウェブ記事と同様に、出だしのリードで読者の心をつかむことに命をかけました。いかに読者に飽きられることなく、最後まで読んでもらえるかが重要です。
文章で心をつかむための3つのパターン
――最初のリードで読者の関心を引かなければ、何も始まらないということですね。文章で心をつかむための、3つのパターンとは、どんなものですか。
山本:まず、一つ目が「意外性のある情報を最初に書く」ということ。
自分が書く内容は、ほかの人によるものとどこが違うのか。読者の先入観を吹き飛ばすような、意外性に富んだ出だしから始めると、続きを読んでもらいやすくなります。
二つ目は「物語を提示する」ことです。「これは、外科医になったばかりの頃に体験した話なのですが……」という具合に語り出すと思わず耳を傾けてしまいますよね。
文章も同じで「私が田舎のコンビニで働いて1週間がたった時のことです」と始まれば、「何が起こるのだろう」と読者はおのずと期待をもって、読み進めてくれます。
三つ目は「数字を使う」ことです。「みなさんが病院に行く前にやってほしいことが3つあります。それを順に分かりやすく説明していきましょう」という具合に、問題提起として数字を冒頭に盛り込むと、読み手も情報を整理しながら、文章を読み進めることができます。
この3つのパターンを時には組み合わせながら、なるべく文章の冒頭で読者を惹きつけるように心がけています。
参考になった本
――読者の注意をずっと引きつけながら、文章を展開していくんですね。文章のリードで心をつかむために、参考になった本はありますか。
山本:今回の『すばらしい人体』を書くにあたって、意識的に参考にした本は『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』です。
あれだけ分厚い本にもかかわらず、さくさくと読めてしまうのは、まさにつかみがうまいからにほかなりません。
各章で最初に「引き」があって、持論が展開されていくので、思わず没頭してしまうんですよね。とても参考になりました。
「わかりやすい文章」を書くことの意外なメリット
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワーもうすぐ10万人。著書に16万部突破のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)など。
――こうして山本先生にインタビューしていると、書く文章だけではなく、話す内容もとてもわかりやすいです。医療の現場で患者さんとの対話を重ねるなかで、伝わりやすい話し方を習得されたのでしょうか。
山本:いえ、「わかりやすい文章を書こう」と努力するようになってから、自然と相手が理解しやすい話し方ができるようになったように思います。
例えば、検査の結果を患者さんにお伝えするときに、「今日、お伝えする検査結果については、重要な点が3つあります」とロードマップを提示してから話すと、聞くほうも2つ目まで理解できたら「これであと1つだな」と見通しがつきますよね。
逆に、いきなり「今日の検査結果では〇〇と△△と□□があって…」と一方的に説明してしまうと、聞くほうからすれば、いつまで続くかわからない話をずっと集中して聞かなければならなくなります。
最初に相手に聞いてほしいポイントを明確にする……というのは、文章を書き続けることで得た「伝え方のコツ」の一つですね。
謙虚さを持つ
――なるほど、わかりやすい文章を書くトレーニングをすれば、伝え方そのものへの意識が変わって、コミュニケーション力も向上するわけですね。私は前職で編集者をやっており、「原稿を読んでほしい」という電話をよく受けましたが、確かに、原稿を送ってもらわなくても電話の話し方で「難しそうだな」と判断できるケースが多かったです。文章力は、コミュニケーションの基礎を培うものとしても、今後もますます重要なスキルになりそうですね。
山本:そうですね。消費者の選択がこれだけ豊富にある時代ですからね。思いが強ければ強いほど、どうしても「相手も面白いはずだ」という思い込みで発信しまいがちです。
それでは、ユーザーの心には響きません。文章を書くにあたっては「相手はじっくり読む時間などない」という前提に立って、謙虚さを持つことから始めるべきだと思います。
私にとって『すばらしい人体』は、多くの人に読んでもらうために、文章の面でもテーマの面でも、さまざまな工夫を尽くした一冊です。これだけの反響を得ることができて、とてもうれしく思います。
これからもたくさんの人に読んでもらい、医学に興味を持つ人が増えることを心から願っています。