新型コロナウイルス第7波が続くなか、自宅で過ごす夏休みを迎えた家庭も多い。子どもがYouTubeやゲームに夢中になる時間が長くなり、自宅学習の在り方に悩む親が増えている。
そんな状況でぜひおすすめしたいのが、『わけあって絶滅しました。』シリーズ。累計90万部を突破し、4作目となる最新刊『わけあって絶滅したけど、すごいんです。』が7月に発売されたばかり。大阪では、初の大型展覧会となる「わけあって絶滅しました。展」(2022年9月4日まで)も開催中の、大人気作だ。
4歳から98歳までの幅広い読者から寄せられた読者ハガキは1000通あまり!
大きかったのが、子どもをもつ親からの反響。「子どもが生き物に興味をもって、図書館に通うようになった」「本の内容を暗記して、教えてくれる」「親子で水族館や博物館に行くようになった」といった、子どもの変化に対する驚きの声が絶えない。
今回は新刊の発売を記念して特別インタビューを実施。「子どもが一番会いたい著者」ともいわれる本書の監修者、動物学者の今泉忠明氏に「勉強が楽しくなる本の読み方」について聞いた。(取材・構成/樺山美夏、撮影/橋本千尋)
勉強は「勝手にやりたくなる」のがいい
―― 『わけあって絶滅しました。』シリーズは、累計90万部の人気作です。ここまで部数が伸びると、読者の方からの反響もすごいですか?
今泉忠明(以下、今泉):ええ、読者ハガキがどっさり届きます。子どもは、大人とちがって筆まめですから。感想やイラストでびっしり埋まった、熱いものが多いですね。
―― どんなことが書いてあるんですか?
今泉:自分が何を「おもしろい」と思ったかを書いたものが、いちばん多いですね。人間にとって、知的好奇心をくすぐられるのはこの上なく楽しいことなんです。だから、嬉しくなって書いてくれるんでしょうね。
本の内容についてさらに自分で調べた「研究レポート」や「生き物のスケッチ」を送ってくれる子もいます。これがなかなか見事で、大人でも知らないような詳しい情報を、わかりやすくまとめ上げているんです。
なかには、本の誤植を見つけて指摘してくれる子もいます。1ヵ所の誤植に対して20通くらい指摘がきたので、編集担当が焦っていました(笑)。もちろん、すぐに修正しましたけどね。
―― お子さんが自分で誤植を発見するんですか!
今泉:ええ、ほかの図鑑とデータを見比べたり、数値を暗記していたりするので、見つけることができるんです。
子どもは「勉強しなさい!」と言ってもなかなか行動してくれないものですが、自分が「おもしろい!」と思ったものなら、勝手にどんどん学びを深めていくんですね。お子さんが急に絶滅生物についての知識をスラスラと語るようになって、親御さんから驚きのお便りをいただくこともあります。
『わけあって絶滅しました。』シリーズは、絶滅生物についていちばん楽しく学べる入門書として企画したので、お子さんの興味の入り口になっているのはとても嬉しいことです。
「正解」よりも「わからない」を楽しむ
―― 子どもが自発的に何かを学ぶというのは、親としてめちゃくちゃ嬉しいですね。私にも子どもがいるので、よくわかります。親としては、子どもの学びの意欲をさらに高めたいわけですが、何かできることはありますか?
今泉:すぐに正解にたどり着こうとしないこと、ですね。ふだんの学校の勉強は、どうしても「正解」を意識してしまいます。でも、学問の世界って、実際は「わからないこと」だらけなんです。そして「わからないこと」を調べたり考えたりするのが、じつはすごく楽しい。
『わけあって絶滅しました。』の中でも、わからないことは「よくわかっていない」とか「不明」としっかり書いています。「わからない」が楽しめるようになると、読書も勉強も、もっと楽しくなるでしょう。
―― なるほど! 本シリーズでは、合計200種ほどの生き物を取り上げています。それらの生物についても、まだまだわからないことが多い?
今泉:分野によって研究の進み具合に差はありますが、わからないことは多いですね。でも、日々新しい発見や研究結果が発表されてもいます。
学問というのは、環境が重要なんです。たとえば、恐竜の化石の発掘は、ロッキー山脈のような険しい場所の地層から多く見つかっています。でも、発掘する時間と体力がある若い人がたくさんいないと、なかなか発見できません。そういう人たちもお金を払ってもらえないと食べていけないので、国のシステムや文化の違いで、古生物学、地質学などの考古学の進歩に差が出るんです。
日本はそういうお金を渋るから、化石を探す人が少ないですね。そういう学問を大事にしようという文化を育んでいかなくてはいけません。
「自由」が学問を発展させる
―― 本書で紹介されている生き物は、とてもユニークですね。デコりすぎて絶滅したオパビニアや、鳥になりそこねて絶滅したイー、歯が抜けなくて絶滅したヘリコプイオンなど……。こんな生き物が本当にいたのかと驚きます。
今泉:そうでしょう。奇抜な姿の生き物も多いので、パラパラと眺めるだけでおもしろいですよね。
でも、オパビニアやイーやヘリコプリオンにも、まだまだわからないところがたくさんあります。本書に書いてある情報に諸説ある場合もあるし、今後の研究で覆されることもあるでしょう。
―― なるほど。「正解」ではないと。
今泉:いろんな考え方があっていいんです。わからないから、研究をするわけですから。どんな研究も、自由に考えることが発展につながります。
ガリレオ・ガリレイも、天動説を否定して地動説を唱えたときは、捕まって牢屋に入れられて、評価されないうちに死んでしまった。そうやって異論を排除する人間社会が科学を阻害した歴史があるから、ヨーロッパではどんな意見を言うのも自由であまり否定もされません。
日本でなかなか学問が発展しないのは、正解がないことを考える人があまりにも少ないからです。子どもの頃から何でも○か×で教育されているから、答えがないと不安なんですよ。大人も答え探しばかりしている真面目な人だらけでしょう?
「答え」は本から学ぶのではなく、自分で見つけるもの
―― 3巻目の『も~っとわけあって絶滅しました。』の付録「わけあって根絶されました」では、人間にとって都合が悪い生物を根絶してきたことについて、「それでいいの?」と問いかけています。シリーズ全体を通して、答えは読者にゆだねるように作られていますね。
今泉:まさにそういうところを読んでほしいですね。進化と絶滅の不思議についても、自分で考えてほしいので「答え」は書いていません。
たとえば、3巻目の付録に載せている「ミヤイリガイ」は住血吸虫症を防ぐために、人間に根絶されました。むかし、山梨県では、原因不明の病で死に至る人が後を絶ちませんでした。その原因が「日本住血吸虫」によるものだと、ようやく解明されたんです。
この日本住血吸虫はミヤイリガイの中で成長、増殖して、人間の体に入り込み、卵を産んで悪さをします。体の中に日本住血吸虫が入った人間はほとんど死に至るので、非常に深刻な問題でした。
日本住血吸虫を駆除するには、ミヤイリガイの体内にいるときを狙うしかありません。ミヤイリガイは悪くない。しかし駆除しなければ、人間が死ぬ。その状況で、人間のためにミヤイリガイを駆除してもいいのか? 結果的にミヤイリガイは根絶されたわけですが、その線引きについては、読者に考える余地を残しています。
―― 難しい問題です。
今泉:さらに難しいのが、人間にとって不都合な生物をいくら根絶しても、生態系の中ではまた同じようなことが起きるということです。
人間の数が増えるほど、人間を脅かす存在は増えていくでしょう。新型コロナウィルスもそうです。
「絶滅」の知識は、じつは役に立つ
―― 世界の総人口は約80億人まで膨れ上がっているので、パンデミックは人類の自然淘汰かも? と思ったりもしました。
今泉:そうかもしれません。人類に対する自然界からのしっぺ返しが来ているんですよ。だから人類を守るためには、自然を守りながら生活していくしかないんです。このシリーズも、絶滅した動物たちを通して人間のことを知るために読んでもらいたいと思っています。
「わけあって絶滅しました」の「わけ」が分かったところで、もう一回読んでみる。そうすると、最初は「おもしろい」と感じたことでも「かわいそうだな」とか「人間は勝手だな」とか、受けとめ方が変わっていくはずです。発展の陰には必ず絶滅があります。絶滅には必ず理由がありますから、人類に引き寄せて考えてみるといいでしょう。
特に、15~16世紀以降、産業革命を経て、近代から増えてきた人為的絶滅をまずは区別して、その原因と結果を考えてみるといろんな気づきがあると思います。
―― 「絶滅」を学ぶのは、これから生きていくためにとても重要なことなんですね。
今泉:人間の未来のために必要な知識だと思いますよ。自分とは関係のない世界のことと切り離してとらえるのではなく、自分事として環境や生き物について考える目的で本を手にとってみると、また違った読み方ができるはずです。
【大好評連載】
第1回 【子どもの好奇心を伸ばす】「絶滅」を学ぶと、世界の見え方が変わる3つの理由
第2回 【頭はいいけど、調子に乗る】「へんないきもの」代表・人間の末路とは?
哺乳動物学者
東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。国立科学博物館で哺乳類の分類学・生態学を学ぶ。文部省(現文部科学省)の国際生物学事業計画(IBP)調査、環境庁(現環境省)のイリオモテヤマネコの生態調査などに参加する。上野動物園の動物解説員を経て、東京動物園協会評議員。おもな著書に『野生ネコの百科』(データハウス)、『動物行動学入門』(ナツメ社)、『猫はふしぎ』(イースト・プレス)等。監修に『わけあって絶滅しました。』シリーズ(ダイヤモンド社)や『ざんねんないきもの事典』シリーズ(高橋書店)など。好きなどうぶつは、チーターやヒョウ等のネコ科。