人の命に関わる財

 さて、ここまでが典型的なビジネスモデル本の解説です。「レーザー&ブレードモデル」はエントリーコストを下げてスイッチングコストを上げる戦略だから素晴らしいよね、という話がすべてに当てはまるのであれば、このビジネスモデルを採っているビジネスはすべて安定的に高い収益性を享受しているはずです。

 が、現実はそうではありません。ここを掘り下げることが「似て非なるものを考える」というインベスターシンキングなのです。

 例えばキヤノンなどのプリンター会社が採っている戦略は、コピー機ではなくトナーで儲ける典型的な「レーザー&ブレードモデル」ですが、その収益性は業界的にパッとしません。このビジネスモデルを採る事業は、コピー機とトナー、コーヒーマシンと専用コーヒーカートリッジ、ゲーム機とソフトなど、財・サービスは多様性に富んでいますが、その収益性、持続性はまちまちです。なぜでしょうか?

 この一つの要因に、収益性の高い消耗品や保守サービスを代替するサード・パーティの存在があります。多くの場合、中国などの新興国企業がこれに該当し、消耗品や保守サービスを正規価格より安い価格で提供しています。せっかく顧客を囲い込むために、安価に製品を納めても、その後の消耗品の売上を自社以外のサード・パーティに取られたのでは、安定した収益性を確保できません。

 つまり「レーザー&ブレードモデル」でも、サード・パーティが発生しやすい財・サービスでは機能しないということです。ではどのような財・サービスであれば、サード・パーティの代替リスクを抑えることができるのでしょうか?

 このサード・パーティによる代替リスクを抑えて、高収益をあげている好例として、シスメックスのヘマトロジー(血球計数検査:血液中の赤血球や白血球の数を計測する検査)事業があります。シスメックスは、健康診断などで行われる血液検査、尿検査に必要な検査装置と専用試薬を製造、販売する企業で、特にヘマトロジーの分野では国内シェア7割、グローバルシェア5割以上と圧倒的なシェアを誇っています。シスメックスの名前を知らない人でも、健康診断などを通じて当たり前に同社の製品を利用しているのです。

 このヘマトロジー事業は、検査装置を製造・販売し、継続的に使用される消耗品(専用試薬)で儲けるという「レーザー&ブレードモデル」の一つです。実際に専用試薬の粗利益率は検査装置よりも格段に高く、7割あると言われています。

 なぜ、この試薬部分にサード・パーティが出てこないのか?

 私は「人の健康がかかっているから」という仮説を持っています。もし、あなたのオフィスのプリンターが、サード・パーティから買ったトナーが理由で不具合を起こしたとしても人体には何の影響もありません。少し色が変なくらいでしょう。しかし、血液検査はすべての医療行為の入り口に位置し、その検査結果は人の健康や生命に関わる可能性があるため、高い正確性、信頼性が求められます。同社の検査装置を使う場合、同社の専用試薬を使わなければ、信頼性のあるデータが取れません。検査そのものの意味がなくなり、それは最悪の場合、人命に関わることとなります。だからサード・パーティが製造した試薬がいくら安かったとしても使用されるケースはほとんどないのです。

 シスメックスと同様に「命に関わる財におけるレーザー&ブレードモデル」で高い収益性を上げている企業が、エレベーター事業で世界シェア25%を持つアメリカのオーチス社です。当社もエレベーターという装置を納入し、納入後のメンテナンスで収益を上げています。エレベーターという財も、落ちたら人が死ぬわけですから、まさに「命に関わる」ものです。結果として、当社の利益率は高水準で安定推移しています。なお、過去10年ほど収益性の低下傾向が見えますが、これは2010年以降、世界で新規設置されたエレベーターの6割を、習慣的に正規のメンテナンス契約を結ばない中国市場が占めてきたためです。先進国を中心とするサービス事業の利益率は安定しています。

 このように「似て非なるもの」の本質がどこにあるのかと考えることが、ビジネスや投資のヒントになります。キヤノン、シスメックス、オーチス……それぞれは全く違う事業をしています。しかしインベスターは、ビジネスモデルを通じた類似点と相違点に敏感になり、様々な角度からアナロジーを考えることが大切なのです。

奥野一成(おくの・かずしげ)

投資信託「おおぶね」ファンドマネージャー

【プロ投資家の教え】レーザー&ブレードモデルも1つではない

農林中金バリューインベストメンツ株式会社 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)
京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2007年より「長期厳選投資ファンド」の運用を始める。2014年から現職。日本における長期厳選投資のパイオニアであり、バフェット流の投資を行う数少ないファンドマネージャー。機関投資家向け投資において実績を積んだその運用哲学と手法をもとに個人向けにも「おおぶね」ファンドシリーズを展開している。著書に『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』(いずれもダイヤモンド社)など。

 

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