上昇する物価と、上がらない給料、そして将来への先行き不安。そんな状況から「投資」を始めた人も多いのではないだろうか。しかし多くの日本人は「投資」と「投機」を混同している。「投資」は、短期間に株の売買を繰り返すことではない。選び抜いた企業のオーナーとなり、その成長を長い期間で楽しむのが「投資」だ。企業を選び抜くには、さまざまな分析と考察が必要である。その思考法が書かれたのが『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』(奥野一成)である。「投資家の思考法」を身につければ、投資はもちろん、あなたのビジネスも成功に導かれるはずだ。

【プロ投資家の教え】なぜ「テレビ」は儲からない産業になったのか?Photo: Adobe Stock

「川中」の製造業は意外に儲からない

 自分のビジネスや投資先の分析をしようとすると、どうしても目の前のタスクや次の四半期の業績など「見えやすいもの」を追いかけてしまい、近視眼的になりがちです。

 しかし、産業全体の構造という抽象的なものを大雑把にでも把握しなければ、具体としてそのビジネスが望ましいポジショニングにあるのかどうかわかりません。インベスターは常に、ビジネスを俯瞰的に見なければならないのです。

 産業構造の中でのポジショニングを把握する上で役に立つフレームワークに「産業バリューチェーン」という考え方があります。産業バリューチェーンは、横軸に原材料→部品製造→組立て→販売といったように、財・サービスが生産されて顧客に届くまでのプロセスを取ります。縦軸にはそのプロセスにおける付加価値を取り、各プロセスの位置関係を曲線(バリューチェーンカーブ)で結ぶことで、プロセス間における付加価値の相対的な位置を考えるフレームワークができます。

 一般的には、典型的なバリューチェーンカーブの形は、川上と川下が高く、川中で沈んでいるような形状になります。まるで笑っている口のように見えることから「スマイルカーブ」とビジネススクールでは言われたりします。川中の「組立て・製造」の付加価値が沈むのは、組立てそのものは誰でもできるからと言われています。あくまでも一般的にこの形が多いというだけで、実際には産業ごとに異なりますし、また時代によっても変わるということも理解しておいてください。

 例えば、「テレビを製造する」という事業のバリューチェーンを考えてみましょう。

 横軸の一番左の「川上」にあるのはテレビ製造に必要な「原材料」です。そのあと川の中間の「部品製造」「組立て・製造」を経て、横軸の一番右の「川下」にある「流通・販売」までが事業連鎖のプロセスです。

 まず川上のところで付加価値が高くなります。これは中国、オーストラリアでしか得られないレア・メタルとかレア・アース等を想像してもらえばよいでしょう。絶対に必要な原材料を持っているものは強いのです。そして川中の「組立て・製造」のところで沈んだ付加価値が、川下の「流通・販売」で少し上がります。販売店が持つ顧客との接点が付加価値になるからです。

 ここまでが一般的に使われる「産業バリューチェーン」のフレームワークですが、目の前のモノを見ている“アリの目”をぐーっと引き離して、“鳥の目”で遠くから俯瞰してみると、今まで気づかなかったことがたくさん見えてきます。

 すなわち「テレビの製造・販売」という一般的に使われる供給者サイドからのバリューチェーンではなく、産業全体をさらに大きく捉えて「テレビを楽しむ」というサービスのバリューチェーンを描いてみるのです。これは、先に見た供給プロセスのみに着目したバリューチェーンに、需要者・利用者の目線を導入することで、より本質的に財・サービスの付加価値を捉え直すものです。

 最も川上にあるのはテレビを放送する源泉としての「企画・コンテンツ」で、最も川下にあるのが視聴者への「配信サービス・プラットフォーム」です。この「テレビを楽しむ」というバリューチェーンにおいては、最も川上にあるコンテンツが非常に大きな付加価値を享受し、最も川下に位置する配信プラットフォームも顧客との直接の接点を持つことで一定の付加価値を得る反面、川中に位置するテレビというハード製造の付加価値が最も低くなります。単に「綺麗な映像を見たい」という機能的なニーズは十分に満たされ、「より面白いコンテンツが見たい」「より自分のライフスタイルにあった視聴方法で見たい」という意味的なニーズへと、需要者の求めるものが時代の流れとともに変化してきたためです。

 かつては、家庭で映像コンテンツを楽しむ方法は、テレビしかありませんでした。番組内容、スケジュールが決められており、土曜の夜8時になればテレビの前に全員集合するしかなかったのです。ところが現代では、一人1台以上持っているパソコンやタブレット、スマホなどを通じて、見たいときに見たいコンテンツを見ることができます。コンテンツを楽しむためにもはや必須ではなくなってしまったテレビというハードには、ほとんど付加価値が残っていないと言わざるをえません。

 このように、「テレビ」という財・サービスをどう考えるか、産業をどう捉えるかによって、バリューチェーンの描き方が変わります。

 バリューチェーンにおけるポジショニングを正しく理解しなければ、時代の変化で付加価値が下がった事業にいつまでもしがみつくことになりかねません。