貨物列車撤退による
経済的なコスト

 では実際の速度向上はどのように進んだのか。まずは対策不要の速度向上策として、開業直後の2017年からすれ違い時の風圧測定や地震発生時のシミュレーションなど、最高速度の引き上げを目指した検証に着手。2019年3月から最高速度を時速160キロに引き上げ、所要時間の3分短縮に成功。これにより東京~新函館北斗間は最短3時間57分となり、ようやく4時間切りを達成した。

 続いて2020年以降、貨物列車の運行本数が少ない年末年始やお盆の期間限定で、始発から午後3時半頃までの間に青函トンネルを走行する新幹線上下各7本(計14本)で最高速度時速210キロ運転を実施することでさらに3分の短縮を実現している。

 とはいえ整備新幹線の最高速度時速260キロに及ばない「高速」運転ですら年に数日しかできないのが実情で、現状ではこれ以上の高速化は望めない。航空機に対して最低限の競争力を確保するには東京~札幌間を4時間半切りが不可欠で、青函共用問題の解決は必須である。しかし抜本的な解決策は開業に間に合いそうもない。

 そこで共用問題の根本的な解決案として浮上したのが、青函トンネルからの貨物列車撤退論であった。

 これは新函館北斗開業当時から存在した考え方で、例えば2018年から2020年にかけて開催された北海道経済連合会青函物流プロジェクトチームの報告書は「新幹線は高速化が図られてこそ、その本来の目的を達し得るものであり、後述する青函共用走行問題を根本的に解決することが必要である」として、貨物は「新幹線の高速化を犠牲にしてまで維持すべきものではないと考える」と結論付けている。

 本州~北海道間の輸送は海上輸送が約93%を占め、鉄道輸送は約7%にすぎない。海上輸送は軽工業品、農水産品、金属機械工業品が多くで東北・関東地方の割合が高い。鉄道輸送は農産品、食料工業品、宅配便が中心で、中部地方以西への遠距離輸送が多い。報告書は本州~北海道間の鉄道輸送量483.4万トン(2015年時点)を海上輸送に切り替えても、海上輸送の余裕輸送力で対応可能だという。

 だが、道内の鉄道貨物を廃止し、各地から港までの輸送をトラックに置き換えた場合、脱炭素の取り組みに逆行するだけでなく、相当数のトラックと運転手が必要になり、人口減少に伴うドライバー不足が進行する中で現実的な方策ではないという指摘がある。2019年にJR貨物がみずほ総研に委託して行った調査によると、トラック輸送への転換による経済損失は最大1462億円に達するという。

 一方で前出の報告書は、道内の鉄道貨物を存続させた上で、列車で苫小牧港や室蘭港まで輸送し、そこでトレーラーに積み替え、船舶に搭載して輸送する方式を提案している。これは日本通運が実際に行っている方式だ。

 プロジェクトチームの座長を務めた北海道大学公共政策大学院客員教授の石井吉春氏は、JR貨物のコンテナ輸送は船舶輸送に対して価格優位性を持っているが、これはアボイダブル・コストルールにより適切な費用負担をしていない数字であり、JR北海道・JR貨物ともに持続可能性が低いと指摘している。また輸送日数を見ても、鉄道貨物は多くの地域で海上輸送よりも日数がかかっており、鉄道貨物の優位性は低いと主張する。

 しかし国交省の「鉄道物流のあり方検討会」にも参画した、ある物流関係者は鉄道輸送と海上輸送の併用は輸送コストと輸送時間がかさみ、これまでの鉄道輸送の優位性が減殺されると指摘する。報告書案についても「トラックによる港湾~貨物駅間の短距離継送と荷役作業が発生し、コスト的に成り立たちにくく、メリットを見いだしにくい」として、日本通運の事例は小規模だから成り立っているのだろうと話す。

 そうなると「道内の鉄道輸送を残した上で海上輸送に転換したとしても結局、最終消費者や荷主までの発着は陸送が必要になるので、コスト的に道内も陸送せざるを得ない」。それでも鉄道貨物を維持するなら「苫小牧、八戸双方の鉄道・港湾直結や、積み替え時の無人荷役などの、ドラスチックかつハードルの高い施策を、国主導で進める必要がある」とした。

 結局、こちらも実現には多額の費用と長い時間が必要で、札幌延伸までに間に合うような話ではない。