ソフトバンクやNECで名をはせた海底ケーブル業界の“大物”たちが、シンガポールの独立系海底ケーブル企業に身を転じた。引き入れたのは、NECのライバル企業の出身者だ。最先端の通信技術と海中での巨大工事が組み合わさった海底ケーブルのノウハウを知り尽くす実力者は世界でも数十人と限られ、米IT大手も入り乱れた争奪戦になっている。特集『日本経済の命運決める 海底ケーブル大戦』(全7回)の#5は、海底ケーブル業界を動かす大物たちの実力に迫る。(ダイヤモンド編集部副編集長 大矢博之)
海底ケーブル業界関係者が集まる国際会議
ホテルのスイートルームで交わされる商談
「われわれの『TNT』は、太平洋の通信の安定性と多様性をもたらします」――。
9月7日、シンガポールで開催された海底ケーブルの国際会議「サブマリン・ネットワークス・ワールド」。シンガポールの海底ケーブル企業RTIグループの相馬昌広CTO(最高技術責任者)は、基調講演で自社の構想を聴衆にアピールした。
サブマリン・ネットワークス・ワールドは、海底ケーブルの業界関係者が集う世界最大の業界イベントの一つ。参加企業は会場周辺のホテルのスイートルームを貸し切り、限られたメンバーで商談を進める。
講演終了後、相馬氏のところに、商社や投資家などから「海底ケーブルを投資対象として見ていきたい。始めるときには声を掛けてくれ」と接触があった。「プレゼンテーションは成功だった」と相馬氏は安堵する。
2015年にRTIに転じた相馬氏は、ソフトバンクグループで長年海底ケーブルに関わってきた業界の実力者の一人だ。
数百億円が動く海底ケーブルの建設は、複数の国と企業が関わる巨大プロジェクトだ。どこに敷設すれば採算が取れるのか。障害が起きにくいルートはどこか。各国の許認可取得や建設手順、安定した運用などのノウハウを熟知し、豊富な人脈を持つプロフェッショナルのことを、業界では畏敬の念を込めて「ケーブルマフィア」と呼ぶ。
海底ケーブルをどこに敷設するかを決め、プロジェクトの中核を担うことができるマフィアは世界でも20~30人しかいないとされる。あるマフィアの一人は、「世界の20人だけが知るべき情報がある」と豪語する。そんな一握りの人材を、米グーグルや米メタなどが高額の報酬を提示して奪い合っている。
RTIには相馬氏のほかにも、NECの海底ケーブル事業のベテランが19年に転職している。次ページでは、ソフトバンクとNECの大物がRTIに転職した理由や、海底ケーブル業界を動かす大物たちの実力に迫る。