知る人ぞ知る問題解決メソッド、「問題解決の7ステップ」がついに書籍化する――。マッキンゼーで最も読まれた伝説の社内文書「完全無欠の問題解決への7つの簡単なステップ」の考案者であるチャールズ・コン氏みずから解説する話題書『完全無欠の問題解決』(チャールズ・コン、ロバート・マクリーン著、吉良直人訳)が注目を集めている。マッキンゼー名誉会長のドミニク・バートンは「誰もが知るべき、誰でも実践できる正しい問題解決ガイドがようやく完成した」と絶賛、グーグル元CEOのエリック・シュミットも「大小さまざまな問題を解決するための再現可能なアプローチ」と激賞している。本書では、「自宅の屋根にソーラーパネルを設置すべきか」「老後のためにどれだけ貯金すればいいか」といった個人の問題や「販売価格を上げるべきか」「ITの巨人に訴訟を挑んでいいか」といったビジネス上の問題から、「HIV感染者を減らすには」「肥満の流行をどう解決するか」といった極めて複雑なものまで、あらゆる問題に応用可能なアプローチを紹介している。本稿では、本書より内容の一部を特別に公開する。
ベテランの市民ランナーは、膝の手術を受けるべきか?
ロブは20年前に左膝の関節鏡手術に成功し、毎年10キロマラソンやハーフマラソンのレースに出場できるようになっていた。しかし最近、右膝に炎症が出始め、トレーニングのスケジュールが制限されるようになった。アイシングと安静を試みたが失敗に終わり、スポーツ医学の専門家に面会した。
すべてのランナーにとって膝は関心の的であり、怪我の後では重要な決断の対象となる。権威ある医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)』は、アメリカでは毎年70万件以上の関節鏡視下半月板切除術(APM)による膝関節手術が行われていると指摘している[*1]。半月板損傷と診断された場合、ランナーは次のステップとしてAPMを受けることを勧められることが多いようである。
ロブはどうすべきだろうか。彼には4つの選択肢があった。
選択肢1 スポーツ医学の専門家にAPMを実施してもらう
選択肢2 彼の症例におけるAPMの成功確率についてもっと情報を集め、手術の可否を判断する
選択肢3 理学療法とリハビリテーションを組み合わせた新技術の出現を待つ
選択肢4 理学療法とリハビリテーションを受ける
ロブの場合、スポーツ医学の専門家は彼の状態を、違和感が少なく、年齢と長年のランニングで変性していると評価した。スポーツ医学の専門家は、APMをしない保守的な治療方法を提案した。一方、ロブはスポーツ医学の専門家から、平均年齢22歳の膝を負傷したサッカー選手が負傷後すぐに手術に踏み切る事例について学んだ。
彼はまた、APMは理学療法と比べて必ずしも良い結果をもたらさないことを示唆する研究や、幹細胞治療や3Dバイオプリントを用いた半月板の再生医療のような開発中の新技術の実用化を待つほうが良いという話も聞いていた。
多くの異なる情報を前にして、どのように意思決定を行うべきだろうか。ほとんどの問題解決と同様で、情報を収集する必要がある。ロブの場合、彼が読んだNEJMに掲載されたフィンランドでの研究には、不快感が少なく、年齢による半月板損傷がある場合、理学療法と比較してAPM手術による有意な改善は見られないと指摘されていた。
研究方法には、参加者は手術を受けたかどうかがわからない「シャム対照RCT」と呼ばれる種類のランダム化比較試験を用いていた。12か月後のフォローアップ調査の結論は、「両群とも主要アウトカムに有意の改善があった」にもかかわらず、APM手術を受けた患者の症状は、ニセのAPM手術を受けた患者よりも優れていなかったというものだった[*2]。
ロブはまた、幹細胞治療や、3Dバイオプリンタを用いた半月板の再生医療などの新技術による解決策が開発されるのを待つべきかどうかを見極めたいと考えていた。関節軟骨の臨床試験は進行中であるものの、半月板の修復は進んでいないことが判明したため、関節鏡検査の代替手段となるのは5年以上先であるというのが合理的な結論だった[*3]。
一方、3Dバイオプリンタを用いた半月板の再生医療は、現在多くの関心を集めているが、彼はそれがいつ具体的な選択肢になるのかを見積もることはできなかった[*4]。
最良の事実と見積もりが手元に揃ったので、事態は収束に向かい始めた。ロブは、活動レベルの調整と、その結果生じる右膝の炎症を管理し続けながら、優れた技術的な解決策が現れるのを待つのが最善の選択であると判断した。
図表1のロジックツリーは、ロブの選択と、もっと膝に不快感を持っている人が直面している選択の両方を示している。もちろん、各個人の状況下でAPM手術が成功する可能性については、専門家による個別の意見が必要である。なお、最後に付け加えると、退行性疾患で、不快感が少なく、アスリートではない多くの人は、自分の進むべき道として運動療法と理学療法を喜んで取り入れている。
ロブが開発したアプローチは、3つの問いというルールである。彼の場合、その答えは、理学療法とリハビリテーションを続けながら、新しい技術の実現を待つという行動指針を導き出した。
要は、賢明な分析は、主要な問題のレバーの大きさと方向性を評価するためのヒューリスティックスと要約統計から始まると考えている。こうした基本的な関係性をよく理解したうえで、私たちは先述の例のような問いを立てることがしばしばある。こうすることで、理解をさらに深め、利用可能な証拠に基づいて決定を下すか、より詳細な回答を選択することができる。
(本原稿は、チャールズ・コン、ロバート・マクリーン著『完全無欠の問題解決』を編集・抜粋したものです。この伝説の問題解決メソッドについて知りたい方はこちらの記事をご覧ください)
*1 R. Sihvonen et al., “Arthroscopic Partial Meniscectomy versus Sham Surgery for a Degenerative Meniscal Tear,” New England Journal of Medicine, 369, no. 26 (December 26, 2013): 2515-2524.
*2 R. Sihvonen et al., “Arthroscopic Partial Meniscectomy versus Sham Surgery for a Degenerative Meniscal Tear,” New England Journal of Medicine, 369, no. 26 (December 26, 2013): 2515-2524.
*3 カリフォルニア大学サンフランシスコ校でのハーバート・キムへの幹細胞による軟骨修復に関する2015年のインタビュー。
*4 David Nield, “New Hydrogel That Mimics Cartilage Could Make Knee Repairs Easier,” Science Alert, April 25, 2017.