地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。本書の発刊を記念して、異色の土研究者 藤井一至さんに本書の読みどころを書評していただいた。
人間は不思議な生物
改めて見直すと、人間は不思議な生物だ。二つの眼でパソコンの画面を見て、栄養は口から摂取するが、排泄物は口からではなく、お尻から出る。自分の心を守る殻はあっても、体を守る外骨格はない。
人間や多くの脊椎動物にとって当たり前のことが、生命38億年の歴史の中で当たり前ではなかった。荒れる海の中にできた石鹸の泡のような膜に包まれた物質に秩序が生まれ、それがやがて細菌や古細菌となり、多細胞生物が生まれ、口や肛門、脚や骨、顎を備えるように進化した。
生物進化の産物は、もはや天の配剤という気さえする。
偶然と必然のドラマを再現
人間とはどういう生物なのか、私たちは充分に知らない。病気にでもかからないと自分の体に向き合わない。せっかく33億年の進化の末に獲得した眼は、パソコンやスマホの画面の見過ぎで充血させる前に、自分のルーツを知るために使うべきだったのではないか。
そう気付かせてくれるのがこの本である。
私の研究する土とは異なり、岩石には生命はない。古生物の情報は地層に残された化石に限られるが、想像をたくましくし、地球が経験した偶然と必然のドラマを再現していく。
虫でいっぱいの土にある現実とは異なり、化石の語る太古の地球にはロマンがある。カンブリア紀の大爆発によって生まれた奇天烈なかたちをした古生物たちが、映画『ジュラシック・パーク』の中の恐竜たちのように頭の中で動きだす。
同じ地球の話である。
肝心の私のルーツはどこにあるのか。無脊椎動物から脊椎動物、そして哺乳類、ヒトへと迫っていく中で登場するカタカナにはいくつか聞き覚えのあるものもある。
ヤツメウナギは、子どもの頃好きだった肝油ドロップスの瓶のラベルにあった名前だ。甘い肝油の材料としてだけでなく、まだ顎を備えていなかった原始の脊椎動物としてのすがたを今に留めている存在としても知っておくべき生物だったのだ。
地球の歴史はドラマチック
四本の脚を持つ哺乳類の祖先は、石炭紀に登場したサンショウウオに似た生物だったという。そのうち、爬虫類の仲間からは前脚、さらには後ろ脚も失ったヘビの仲間や、空を飛ぶのに都合のいい体型を備えた恐竜(後に一部は鳥になる)が誕生した。
一方、脳が大きくなるように進化した生物は、成熟して生まれたい赤ちゃんと産みの苦しみを抱える親の間でせめぎあい、栄養の不足分を母乳で解決するようになる。
それが、母乳を飲む生物、哺乳類だ。
この生物進化は単なる遺伝子の変化だけでなく、火山の噴火、隕石衝突、大陸移動という壮大な環境変動による生物の大量絶滅、生態系そのものの変化も関わり合っている。
地球の歴史はなんてドラマチックなんだろう。
寒冷化と乾燥化が進むことで、ヒトの時代がやってくる。動物の死肉を漁るだけでなく狩りをするために道具(石器)、そして火を使うようになる。
過酷な未来も予見
また、カマキリのオスほど残酷ではなくても、生殖が終わると役目を終えて死ぬ生物が多い中で、ヒトは更年期障害を経験することで「おばあちゃん」、「おじいちゃん」となり、子育ての協力のような協力関係・社会が発達したという。
自分がどんな生物なのかを過去に探ることは、今を生きる上で参考になりそうだ。
著者は過酷な未来も予見する。8億年後、地球は寒冷化し、生命活動が難しくなる。ほとんどの哺乳類は100万年のうちに絶滅しており、ホモ属最後の生き残り、ホモ・サピエンスの絶滅も例外ではない。
地球外に脱出したとしても運命は変わらないという。ショックには違いないが、8億年後や80万年後を心配するよりも、差し当たって抱えている環境問題の方に悩むべきだろう。
ホモ・サピエンスは「物事の仕組みの中での自分の位置を意識するようになった唯一の種」であるという言葉に希望を見いだしたい。
地球の生命史を圧縮した結果、38億年が約380ページにぎゅっと濃縮されている。
1ページめくると1000万年進む計算だ。ちょうど頁岩という岩は落ち葉などの化石が積み重なってできているのと似ている。
地球の歴史を閉じ込めた一枚一枚に学び、人類に託された新たな一ページを刻みたい。
藤井一至(ふじい・かずみち)
土の研究者。森林総合研究所主任研究員
1981年富山県生まれ。京都大学農学研究科博士課程修了。博士(農学)。カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林までスコップ片手に世界、日本の各地を飛び回る。第1回日本生態学会奨励賞、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞、第39回とやま賞受賞。著書に『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』(光文社、第7回河合隼雄学芸賞受賞)『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』(山と溪谷社)など。Twitterアカウント:@VirtualSoil