「部下との関係がギクシャクしている」「チームにまとまりがない」「上司が強権的で不快だ」…。こういった”職場のネガティブな感情”を「妬み」「温度差」「不満」「権力」「信用」の5つに分け、それぞれの対処法をまとめた『武器としての組織心理学』という書籍が話題だ。最先端のエビデンスをもとに、マネジメントする側、される側それぞれに向けたアイデアが丁寧に書かれている。本記事では、本書をもとに「自分の身を守ってくれる防具にも、人を動かす武器にもなる組織心理学」の活用法をご紹介する。(構成:瀬田かおる)

武器としての組織心理学Photo: Adobe Stock

つじつまの合わない行動をしてしまう理由

「来週水曜日が〆切の企画書。そろそろ手をつけないとヤバいけど、やる気が出ない。もうちょっと寝かせておこう」

 のちのち大変な思いをするのは想像できるのに、楽な方向に流れてしまう。思い当たるフシがあるのではないだろうか。

 このような非合理的ともとれる行動をとってしまう人間の心理には理由がある。

やらなくてはいけない」というストレスフルかつネガティブな状態になっても、「まだ手をつけなくて大丈夫!」というポジティブな感情を共存させることで心のバランスが保たれるからだ。

 こういった先延ばしをする思考や行動は、「双曲割引」と行動経済学の世界では呼ばれている。どうやら人間は「将来」よりも「今」の快楽を優先しがちなようだ。

 このように人間は、非合理的(つじつまの合わない)な行動をとってしまう生き物なのである。

最も厄介な「妬み」という感情

 非合理的な行動に駆り立てる感情の中でも、最も厄介なのが「妬み」だという。

 自分より優れている人と比較してしまうことで劣等感にさいなまれ、非合理的な行動をとる。

 この時に発生した妬みの感情によって、チームの人間関係がギクシャクしたり、職場全体のパフォーマンスが低下してしまうこともある。

 さて、そもそも「妬み」という感情はなぜ存在するのだろうか?

 それは、妬みは有能な相手から「自分の資源」を確実に守るためのセンサーの役割を担っているからだ。

 自分の資源とは、自分の存在価値や立場、役職などである。

 組織の中で今いる自分の立場が脅かされないよう、有能な相手から自分の身を守るために妬みの感情は存在しているのだ。

2つの種類の「妬み」

 妬みには「悪性の妬み」「良性の妬み」の2種類ある。

悪性の妬みは、敵意や憤怒を中心にしてつくられている不快な感情です。いわゆる”ねたみ、そねみ”です。一方、良性の妬みは、”羨望、羨む”というあこがれの感情です(P.45)

あの人さえいなければ…」と思うのは悪性の妬みである。

 一方で、自分より優れている人に対して「自分もああなりたい」と思うのは良性の妬みだ。

 であるならば、良性の妬みを活かさない手はない。

 メンバーが妬みの対象者と競い合う心理や切磋琢磨する状態を、マネージャーやリーダーは利用すればよい。

 良い意味でのライバル関係をつくりだすことができれば、チーム内は活性化して良い成績をおさめることができる。

 このように、妬みをポジティブに活用することは可能なのだ。

「妬む人」には”役割”を与えるといい

 つぎに、妬む側と妬まれる側の心理についてみてみよう。

 妬みという感情は、妬む側の人の視野を狭め、他人の些細な一面に対してひどく敏感な状態にさせる。

 しかし、そのような場合でも、「認められる一面」があったり、「ある領域の責任者」になっていたりすれば話は変わってくる。

 その場合、たとえ他の領域で同僚に劣等感を抱いていたとしても、その劣等感を緩和できる可能性がある。

 著者の山浦氏は、リーダーの立場にある人に「1人1役割」を提案している。

1人1役割――10人いたら10の役割を与える、自分たちで役割を作り出してみるという作業は、各人が仕事に責任感を持つためにも、職場内の対人関係を維持するためにも重要です。妬む相手ではなく、自分の役割に目を向けさせるのです。(P.53) 

 メンバーに「役割があるとき」には、「役割がないとき」よりも妬みが低減し、チーム内での前向きな行動が増えるという。

「妬まれる側」の3つの反応

 次に、妬まれる側の人の心理はどのように利用したらよいのだろうか?

 そもそも、誰かから妬まれるということは、それほど注目に値する存在であり、人より優れていると認められたことを意味している。

 とはいえ、他人から妬まれるというのは気持ちの良いものではない。

 敵対心を感じれば居心地が悪いし、もしかしたら自分を蹴落とすタイミングを虎視眈々と狙っているかもしれない。

 妬まれる側の人はこれらの脅威から逃れようとしたとき次の3つの行動をとる。

1. 隠す

 妬まれる人は、妬む人に「あなたが思っているほど自分には秀でたところはない」と戦略的にイメージをコントロールすることがある。

 この場合、妬まれる人は知識や情報を隠す傾向にあり、これは組織全体で見れば、パフォーマンス低下につながる可能性が高い。

 この状況を改善するには、「知識や情報を共有することが期待されている」ということを認識してもらうことが必要となる。

2. 避ける

 妬む人を避ける、あるいはお互いが近接しないで済むように場所や役割を棲み分けるようにするというやり方だ。

 物理的に「妬む人」と近くにいるのは、「妬まれる人」にとってはつらい状況だ。

3. 妬む相手と手を組む

 自分の強みや長所、役立つ情報などの資源を、妬んでいる相手に提供する、援助する協力態勢を構築するというやり方だ。

 実は、人は悪性の妬みを抱かれているときにのみ、その相手を助けようとする行動にでる。

 つまり、妬まれていることに対する恐れの感情は、集団に役立つ機能であるというわけだ。

 妬む側に役割を与えて自己肯定感を持たせ、妬まれる側に発生した、相手を援助したい心理を使って相互の人間関係を維持することができる。

 リーダーは「妬み」の感情を戦略的に利用することで、不必要な争いを未然に防ぎながら、チームのパフォーマンスを高め、成果を上げることができるのだ。