いま話題の「ディープ・スキル」とは何か? ビジネスパーソンは、人と組織を動かすことができなければ、仕事を成し遂げることができません。そのためには、「上司は保身をはかる」「部署間対立は避けられない」「権力がなければ変革はできない」といった、身も蓋もない現実(人間心理・組織力学)に対する深い洞察に基づいた、「ヒューマン・スキル」=「ディープ・スキル」が不可欠。本連載では、4000人超のリーダーをサポートしてきたコンサルタントである石川明さんが、現場で学んできた「ディープ・スキル」を解説します。今回は、本当にできるビジネスパーソンになるためには、仕事に必要な「専門知識」を磨くだけでなく、「よく遊ぶ」ことが重要である理由についてディープに解説します。(本連載は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集してお届けします)。
「専門性」を高めれば高めるほど
ビジネスの「本質」から遠ざかる
「専門性」を高める──。
その努力が、ビジネスパーソンに求められるのは当然のことです。
「製造技術」「調達」「IT・プログラミング」「マーケティング」「法務」「会計・財務」など、業種・職種によって求められる「専門性」はさまざまですが、これらを日々磨いていく努力を続けるのは非常に大切なことです。
だからこそ、多くの人々がビジネス書で学び、ビジネススクールに通い、研鑽に励んでいるわけです。ただ、ここに重大なパラドックスが隠されています。「専門性」を高めれば高めるほど、ビジネスの「本質」から遠ざかるリスクも高まってしまう。このパラドックスを常に意識しておかなければ、せっかく磨いた「専門性」が“宝の持ち腐れ”になってしまう。いや、時にはビジネスを損ねる原因にすらなりかねないのです。
どういうことか?
これを考えるためには、根源的な問題に向き合う必要があります。
ビジネスとは「不」の解消である
それは、「そもそも、ビジネスとは何か?」という問題です。
みなさんは、この問いにどのように答えるでしょうか? 「サービスを通じてお客さまに価値を提供すること」「会社に利潤をもたらすための活動」「社会のニーズに応える活動」など、さまざまな見方があるでしょう。私は、これらを包括したうえで、「ビジネスとは“不”の解消である」と定義できると考えています。
これは、私がリクルートの新規事業開発室に勤務していた頃、当時の室長で、『とらばーゆ』『フロム・エー』など数々の情報誌事業を立ち上げ、「リクルートの創刊男」の異名を持っていた、くらたまなぶさんに学んだことです。
世の中には、さまざまな「不」が存在します。
不平、不満、不安、不幸、不便、不良、不遇、不快、不足、不自由、不平等など、「不」のつく言葉はたくさんありますが、製品やサービスを提供することを通して、これらの「不」を解消することこそがビジネスの「本質」なのです。
例えば、ユニクロが、成熟市場と言われるアパレル業界で大きく成長できたのは「カジュアル服は割高」「安売りされている洋服はセンスが悪い」といった、消費者の潜在的な「不満」を解消することに成功したからです。
スターバックスは、コーヒーショップという低成長市場において、「『第三の空間』を提供する」というミッションのもと、「落ち着いて時間を過ごせる場所が街中に少ない」「清潔で一人でもくつろげる場所が少ない」といった「不快」を解消しました。
このように、世の中で成功しているビジネスを一つひとつ検証すれば、必ず「なんらかの“不”を解消する」ことによって成立していることがわかります。
すなわち、ビジネスとは、「世の中の“不”を解消して、お客さまに喜ばれることで、その対価をいただくこと」と定義することができるわけです。
ビジネスで最も重要なのは、
「人の気持ちを慮る」力
だから、私は、近年、「ビジネスモデル」の分析に偏重しがちな風潮が強まっていることに違和感を覚えています。
もちろん、ビジネスモデルを研究することで、得られるヒントがあることは事実です。しかし、それは、自社のビジネスを考えるうえで、「本質的」なことではないと認識しておく必要があると思っています。
なぜなら、ビジネスモデルとは、「事業として成立させるための手段」であってビジネスの目的ではないからです。
ビジネスの目的はあくまでも「世の中の“不”の解消」です。「世の中の“不”を解消」するための方法について試行錯誤を重ねるなかで、結果としてビジネスモデルが生み出されているにすぎないのです。
例えば、ユニクロは「企画・計画・生産・物流・販売までのプロセスを一貫して行うビジネスモデル」でアパレル業界に革命を起こしました。簡単に言えば、消費者と製造現場の距離を縮めることで、店頭の需要をいち早く製造現場にフィードバックし、適時・安価に顧客ニーズに即した製品を店頭に並べることに成功したわけです。
しかし、ユニクロは「このビジネスモデルを構築する」ことを目標にしていたわけではなく、あくまでも「カジュアル服は割高」「安売りされている洋服はセンスが悪い」という、多くの人々が感じている「不」を解消することを追求してきたのです。そして、それを事業として成立させるために長い年月をかけて試行錯誤を重ね、結果として、あの革命的な「ビジネスモデル」を生み出したのです。
つまり、ビジネスにおいて何よりも大事なのは、まず「人はどんな“不”を抱えているのか?」を的確につかみ取ることにほかならないということです。
「どんな人が」「どんな場面で」「どんな“不”を感じているか」に思いを馳せ、「どうすれば、その“不”を解消できるか」を考え抜く。その「不」が的を射たものであれば、必ず興味を示すユーザーは現れます。そして、ユーザーの反応を見ながら、ビジネスの形に修正を加え続けることによって、結果として、その企業にとって最適な「ビジネスモデル」は生み出されるのです。
逆に、そうした土台なしに、どんなに精緻な「ビジネスモデル」を構想しても、ビジネスは脆くも崩れ去ってしまうでしょう。すべては、「人はどんな“不”を抱えているか?」をつかみ取ることから始まるのです。
そのためには、人の気持ちに思いを寄せ、深く洞察し、心の微細な襞までも理解することができなければなりません。私たちビジネスパーソンに求められている最も根源的な能力は、「人の気持ちを慮る」ということなのです。
しかし、ここにパラドックスがあります。
お客さまの「不」を解消するためには、私たちビジネスパーソンは、それぞれの“持ち場”で「専門性」を高める必要がありますが、その結果、「お客さま=普通の人々」から遊離した存在になってしまうことがあるのです。
「普通の人の気持ち」がわからなくなる
メカニズムとは?
例えば、ネットサービスの社員は、ITやインターネットの「専門性」を高めなければ、お客さまの「不」を解消するサービスを提供することなどできないでしょう。
しかし、その裏返しで、「専門家」にとって“当たり前”のことが、「普通の人々」にとっては難しいということがわからなくなってしまう。その結果、「普通の人々」にとって使いづらいインターフェイスをつくり上げてしまうことがあるわけです。
あるいは、マーケティングの「専門家」はこう考えるかもしれません。競合他社の商品との「差別化」を明確にしなければならない。だから、他社商品には備わっていない「機能」を付け加えるべきだ、と。しかし、このとき、彼が見ているのは「お客さま」ではなく「他社商品」です。その結果、お客さまの「心」に響かない商品を生み出してしまうのです。
しかも、「専門性」には、こうした現象を助長する機能が備わっています。
というのは、「専門性」をもつ者同士、同質的なコミュニティを形成する傾向が強いからです。実際、ビジネスパーソンとしてのキャリアを積むほどに、プログラマーはプログラマー同士、マーケターはマーケター同士という具合に、同業種・同職種の人たちとの交友関係が深まっていく人が多いのではないでしょうか?
これは、人間心理として当然のことだと思います。
「共通の関心事」をもつうえに、「専門知識」「専門用語」を共有する者同士、快適なコミュニケーションが成立しやすいからです。その結果、そのコミュニティの中で切磋琢磨することで、さらに「専門性」を高めることができる一方で、より一層、「普通の人々」の気持ちや感覚から遠ざかってしまう。そんなメカニズムが働いてしまうのです。
だから、私たちは、ビジネスパーソンとして「専門性」を磨く努力を続けるとともに、こうした「落とし穴」にはまらないように十分に注意を払わなければなりません。それを忘れたとき、せっかく磨いた「専門性」が“宝の持ち腐れ”になるばかりか、時にはビジネスを台無しにする原因にすらなりかねないのです。
お客さまと直接触れ合うのは、
「業務の一環」である
では、どうすればいいか?
まず、お客さまと直接触れ合う機会をできるだけ多くつくることが大切です。
「お客さまと接している営業部から話を聞けばいい」とか、「ユーザー調査の結果を見ればいい」とか言う人もいますが、これは間違いです。それだけでは、お客さまの生々しい感情に肉薄することは不可能。お客さまの気持ちに寄り添うためには、絶対に直接その存在と触れ合う必要があるのです。
お客さまと直接コミュニケーションを取るのがベストではありますが、自社商品を販売している小売店でお客さまの様子を観察したりするだけでも、多くの気づきを得られるものです。商品を選ぶお客さまが、どんな表情をして、どんな振る舞いをして、どこで迷って、どの商品を選択しているかを観察すれば、「言葉」に置き換え不能な膨大な情報を得ることができます。それを身体の中に取り込んでおくことが、お客さまの気持ちに寄り添うためには必要不可欠なのです。
ただし、私に言わせれば、これは「業務の一環」にすぎません。お客さまと直接触れ合うことに努めるのは、ビジネスパーソンが「お客さまに喜んでいただく仕事」をするためには当たり前のことだからです。
それを大前提に、ここでは、「専門性の罠」に陥らないようにするために欠かせない、より根源的な2つの「ディープ・スキル」について触れておきたいと思います。