日本企業の強みは「現場の力」と
「多様な経験を積める」こと

【キリン×三井化学×経産省】人的資本経営の課題は「ジョブローテーション」と「自律的なキャリアパス」の両立萩谷惟史(はぎや・ただし)
経済産業省 経済産業政策局産業人材課総括補佐、兼、大臣官房未来人材室所属。2011年、経済産業省入省。水素エネルギー政策、IT政策、地域・中小企業政策、知財・競争政策などを担当後、留学を経て、現職。

村瀬 「人材版伊藤レポート2.0」を俯瞰(ふかん)してみると、日本の得意なこと、苦手なことが分かってきました。一方で、どうしても憂鬱な気持ちになってしまいます。

 なぜなら、衝撃的な情報が多かったからです。逆に、この部分は日本はうまくできているとか、これは今後もっと伸ばせるような他の国にはない強みだとか、そういうことはありますか。

萩谷 難しいご質問ですが、ジョブローテーションについていえば、メリット、デメリットの両方あると思います。

 例えば、個人がジョブローテーションの中で多様な経験を積むというのは、非常に大きなメリットがある場合もあります。例えば経理担当者が能力を高めようと考えた場合、欧米だと会社は別に育成はしてくれませんから、自ら転職を繰り返しながらポジションを上げていく。それによって視野を広げ、スキルを高めていくことになります。

 一方、日本企業で経理として働くと、一番小さな仕事から始まり、だんだん部門内での異動を繰り返しながら徐々にスキルを広げていけるという話もあります。このような人材育成上のメリットがあると捉えることもできると思います。

【キリン×三井化学×経産省】人的資本経営の課題は「ジョブローテーション」と「自律的なキャリアパス」の両立坪井純子(つぼい・じゅんこ)
キリンホールディングス常務執行役員・人事総務戦略担当。1985年、キリンビール入社。技術系出身だがマーケティング・広報を長く経験し、2005年キリンビバレッジにて広報部長。10年、横浜赤レンガ代表取締役社長。12年、キリンホールディングスにてCSR推進部長兼コーポレートコミュニケーション部長などを経て、19年からキリンホールディングス常務執行役員(マーケティング・ブランド戦略担当)。22年から、人事総務戦略担当管掌。20年から、ファンケル社外取締役兼任。

 ただし、現在議論になってるのは「それだけではダメだよね」という点かと思います。これまでの仕組みの良い点と改善点をそれぞれきちんとフュージョンさせて、より良い経営をしていく。あるいは、人事施策を取っていくことが必要だと思います。

坪井 当グループは、国内中心の非常にドメスティックな企業から、グローバル企業となりました。M&Aなどで後から加わった会社がほとんどですが、その中で文化の違いをお互いに感じることはもちろんあります。

 しかし、そのとき、東洋か、西洋か、日本か、欧米かというよりも、アウフヘーベン(Aufheben/止揚)といいますか、両方のハイブリッドだからこその良さが作れるのではないか。だから、どうしてもMBA(Master of Business Administration)型の欧米的な価値もあるし、そうではなくて日本的な価値もある。その両方を良いとこ取りができるのではないかと、よくグローバルの人事メンバーなどと話すことがあります。

 個人と社会があったときに、「社会課題として人をどうしていこうか」という目線は、日本の方が強いように私は感じています。

小野 メーカーとして活動する中で、日本企業の良さは何かと考えたとき、やはり現場の力が価値を作るというのがものすごく強いと思います。真面目に、愚直に、真摯(しんし)に、徳高く働く社員が多い。そういうところは本当に尊敬に値します。

【キリン×三井化学×経産省】人的資本経営の課題は「ジョブローテーション」と「自律的なキャリアパス」の両立小野真吾(おの・しんご)
三井化学グローバル人材部部長。三井化学にて、ICT関連事業の海外営業や、マーケティングおよびプロダクトマネジャーを経験後、人事に異動。組合対応、採用責任者、国内外M&A人事責任者、HRBPを経験後、人材戦略、キータレントマネジメント、後継者計画、グローバル人事システム導入、グローバルポリシー推進、HRトランスフォーメーションなどに従事。2021年4月から、グローバル人材部長に就任。グローバルレベルでHR機能の強化および指名・役員報酬制度、企業文化変革にも着手中。

 だからこそ、日本企業はずっと成長できたのでしょう。ただ、最近はゲームのルールがずいぶん変わっています。

 そのゲームチェンジに対して、どうそこにアジャストして新しい方向性を示すか。そこに課題があるだけだと思いますので、現場の強さ自体は、日本は失ってはいけない良さではないかと思います。

村瀬 われわれは今までやってきたことから、新しい世界でどう羽ばたこうかを模索してる段階だと思います。

 ある意味で、いろいろな解釈や言い方があるのでしょうが、日本はたくさん伸びしろがある国ですし、組織ですし、人の集まりだと私は思いたい。

 その中で、リーダーや現場の人が協力して、一つひとつの集団や組織を国全体でどうやって新しく設計していくのかを常に考え続けて、実践し続けて、失敗し続けて、アップデートをどんどんかけていく。

 それが新しい日本の形を作ることになりますし、大いに羽ばたいていこうと考えられれば、前向きでいいなと思っています。ぜひ、みなさんもそこについて協力していただけるとうれしいです。

 本日はみなさまお忙しい中、時間をいただきまして、本当にありがとうございました。

■【前編】人材戦略を立てるだけでは意味がない、経営戦略とひもづけて「固定化した思考を崩す」方法

https://diamond.jp/articles/-/314616

■【中編】経営問題の終着点は「人材」、変革できる企業になるためのプロセスとは?

https://diamond.jp/articles/-/314619

■【後編】人的資本経営の課題は「ジョブローテーション」と「自律的なキャリアパス」の両立

https://diamond.jp/articles/-/314623