インフレ・円安により、日本人が一斉に貧しくなったと痛感した2022年。今後の景気はどうなるのか? 資産を守り・増やすにはどうすれば良いのか? 稼ぐ力を上げるための自己投資は何をすれば良いのか? そんな不安を解決するための糸口を見いだすべく、『最新版 つみたてNISAはこの9本から選びなさい』(ダイヤモンド社)の著者で、つみたてでコツコツと資産をふやす長期投資を提言するセゾン投信代表取締役会長CEOの中野晴啓さんと、『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』(ダイヤモンド社)の著者で、長期厳選投資を専門とする農林中金バリューインベスメンツ常務取締役兼最高投資責任者の奥野一成さんのお2人に、資産運用とこれからのビジネスパーソンに必要な思考法をテーマに対談していただきました(対談実施日:2022年11月25日)。全6回の3回目をお届けします。(構成/北野啓太郎、撮影/石郷友仁)。

【マネー緊急対談】日本が成熟した先進国になるために必要な、金融リテラシーとは?Photo: Adobe Stock

労働者マインドセットからの脱却が必要

【マネー緊急対談】日本が成熟した先進国になるために必要な、金融リテラシーとは?セゾン投信代表取締役会長CEO中野晴啓さん(左)と農林中金バリューインベストメンツ常務取締役兼最高投資責任者(CIO)奥野一成さん

奥野一成(以下、奥野) 金融教育の声が高まっていますが、これは極めて真っ当で非常に良いことだと思います。特に2022年は、円安・インフレの警鐘を受け、みんながお金について改めて考えないといけなくなりましたからね。ただ、そこで「積み立てを始めましょう」「クレジットカードを作るときは注意しましょう」などの方法論になりがちですが、そういう話じゃ無いですよね。

中野晴啓(以下、中野) そうです、そうじゃないんです。

奥野 前回、中野さんがおっしゃった「成熟した民主主義社会において、自立するというのは一体どういうことなのか」という当たり前のことを、まず教える必要がある。そうしないと、労働者マインドセットしか教わってない中でプラスアルファの方法論や技術論を学んでも、結局、労働者であるに過ぎないことになってしまう。

中野 やっぱり受け身で、思考停止国民から変われない、ということになりますよね。

【マネー緊急対談】日本が成熟した先進国になるために必要な、金融リテラシーとは?奥野一成(おくの・かずしげ)
投資信託「おおぶね」ファンドマネージャー、農林中金バリューインベストメンツ株式会社 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)
京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2007年より「長期厳選投資ファンド」の運用を始める。2014年から現職。日本における長期厳選投資のパイオニアであり、バフェット流の投資を行う数少ないファンドマネージャー。機関投資家向け投資において実績を積んだその運用哲学と手法をもとに個人向けにも「おおぶね」ファンドシリーズを展開している。著書に『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』(以上、ダイヤモンド社)など。
投資信託「おおぶね」: https://www.nvic.co.jp/obune-series-lp202208
農林中金バリューインベストメンツ株式会社:https://www.nvic.co.jp/
Twitter:https://twitter.com/okunokazushige
Voicy:https://voicy.jp/channel/2959

奥野 金融教育においては、民間が頑張らないとたぶん無理なんだと思うんです。

中野 官僚主導、霞が関主導でいけば、どうしても寄せ集めになりますしね。おっしゃるとおり民間、つまり僕ら自身も汗をかくというところに持っていけるかどうか。もし僕らに声が掛かるなら、社会のために、国益を次へ残していくために、ボランタリーにやりますよ。

奥野 やりましょうよ。

中野 そんな想いを持った人は、僕らだけでなく他にもいっぱいいますので。そういう方向に働きかけて欲しいなと思います。

奥野 もし国主導で上手くいかないのであれば、ゲリラ的に草の根でやっていくしかありませんね。

中野 そうですね。ここは一緒に仲間を集めて、やる意味あるかもしれないですよ。そうそう、以前奥野さんも一緒に参加した、一般社団法人投資信託協会の動画があったじゃないですか。(*1)

*1. 参考:一般社団法人投資信託協会 学校で学ぶ資産形成
https://www.toushin.or.jp/start/4/interview/

奥野 あれよかったですね。藤野英人さんと、藤沢久美さんと、あと佐藤明夫さん。

中野 高校生や教師に向けた「資産形成とは何か」ということを伝える動画なんですけど、皆さんオリジナリティに富んでいて。

奥野 熱い人の集まりでした。本当にいい動画ができて、ああいうのが蓄積していくと良いですね。国が組織をつくって、誰かを呼んで金融教育を進める感じよりも、既に行動を起こしている人達をサポートするかたちにしていただけると良いんじゃないかと思います。

中野 そういう人たちが自由に活動できるような環境を、岸田内閣にもつくってもらいたいですね。役所任せにせず。

国民のリテラシーをあげれば、騙す悪徳業者はいなくなる

奥野 金融教育は騙されないようにするためという側面もありますが、国が主導すると、どうしてもルール化して規制する流れになるんですよね。でも、違うんです。悪いことをする奴は、どんなに規制を強化されても網の目から漏れて、悪いことをするんです。いろいろな仕組債を考えたり、いろいろな売り方を考えたりとか。

中野 そうなんです。どこまでも悪いことを考えますからね。

【マネー緊急対談】日本が成熟した先進国になるために必要な、金融リテラシーとは?ビジネスエリートになるための投資家の思考法』奥野一成著、定価:1650円、発行年月:2022年9月、判型/造本:46並製、272ページ。
ベストセラーとなった『ビジネスエリートになるための教養としての投資』の続編。「投資家の思考法」のエッセンスは、ビジネスの本質を見抜き、付加価値を上げるためのアプローチを見つけること。投資家のみならず、全ビジネスパーソンが、ビジネスエリートになるために持つべき重要な思考の武器である。

奥野 つまり、供給サイドをどんなに締め付けても、悪いことする奴は悪いことをしようとする。大事なのは需要サイドですね。だから国民のリテラシーを上げる。要は、国民がきちんと見極めることができるようになれば、悪い奴は活動の場を失うわけですよ。「月に3%の利回りが出ます」なんていう業者に騙されないようにすればいいだけの話です。

 騙す奴が悪いのは言うまでもありませんが、悪徳業者に騙されたというニュースがこれまでいろいろと出て、注意喚起もされているのに、やっぱり騙される人がいる。だから需要サイドの教育をちゃんとすることで、悪い者を退治していく、悪いものが生まれないようにする、ということが大事なんじゃないかなと思いますけどね。だけど、国民に直接手を出そうとすると、政治家も何かこう及び腰になってね……。

中野 「国民をバカにしやがって」と受け取られたら、票につながらないからですね。

奥野 そうそう。業者を懲らしめている方が、国民からは喝采を受けやすいですから。

中野 勧善懲悪のストーリーですね。とはいえ、前回・前々回でもお話ししましたが、国があなたの人生の全てを守ってくれるのかどうか、というのも考えないといけない

奥野 だから、年金のところとかが変わっていくというのは、僕はすごくいいことだと思います。NISA(小額投資非課税制度)やiDeCo(個人型確定拠出年金)は、自分で積み立てていきますから。

【マネー緊急対談】日本が成熟した先進国になるために必要な、金融リテラシーとは?中野晴啓(なかの・はるひろ)
セゾン投信代表取締役会長CEO、一般社団法人投資信託協会副会長、公益財団法人セゾン文化財団理事
1987年明治大学商学部卒業、クレディセゾン入社。2006年セゾン投信を設立。2020年6月より現職。つみたてで、コツコツと資産をふやす長期投資を提言。国際分散型投資信託2本を15年以上運用し、個人の長期資産形成を支えている。客観的な定量評価を行う「R&Iファンド大賞」最優秀ファンド賞を9年連続受賞。口座開設数16万人、預かり資産5000億円を突破。主な著書に『最新版 投資信託はこの9本から選びなさい』『投資信託はこうして買いなさい』『最新版 つみたてNISAはこの9本から選びなさい』(以上、ダイヤモンド社)他多数。
セゾン投信株式会社:https://www.saison-am.co.jp/

中野 全くそうなんです。要は、国は強制していないんですね。「iDeCoを必ずやりなさい」とは口が裂けても言わない。これが成熟した先進国の社会の在り方だと、僕は思います。自分の意思で行動するのか、しないのか。でも悪い業者は、国民生活者が賢くなると困るんですよね。

奥野 簡単に騙せる方が良いですからね。しかし、業者も長期投資を標榜するのであれば、お客を騙すようなやり方で長く生きられると思わないほうがいいですよ。

中野 「とりあえず目先の何年か生きられればいいや。自分が社長をやっている間だけは」という、悪い癖を持った大企業もありますからね。やっぱり日本社会の倫理観も落ちているのだと思います。

日本円を持っていても、それだけでは何も産まない

奥野 国や企業に頼らずに自分の人生をつくっていく感覚を持つためには、一体どうすれば良いのか。付加価値をちゃんと付けられるよう自己投資するのは言うまでもありませんが、資産防衛・資産形成においても、やっぱり投資しなきゃいけなくなるわけです。現金2000万円をずっとじっくり持っていても、購買力はどんどん減るかもしれない

中野 円安やインフレの場合はね。

奥野 そういう状況なので、じゃあ何をしなきゃいけないか? やっぱり価値をつくってくれるものに替えないといけない。円は何も生まない、時間の価値しか多分生まないわけです。今だと全く金利がついていないからゼロなんですけどね。そこで、たとえば良い企業に稼いでもらう。そうすると、価値はまだまだ時間と共に増える可能性がありますよね。そこで投資ということになるのだろうなと。

 たとえば僕らが投資しているところで言うと、ナイキっていい会社だよね、ディア・アンド・カンパニーっていい会社だよね、と企業に投資をする。ディア・アンド・カンパニーはアメリカにある世界最大の農機具メーカーで、ディアがあるから効率的に食物をつくることができて、今の80億人の人口を支えることができるわけです。今後、世界の人口はまだ増えていくと言われていて、そうした中で農機具はますます必要性が高まり、ディア・アンド・カンパニーの価値が高まっていく可能性がある。円を単純にじーっと抱えているよりも良いよね、というのが投資だと思います。

中野 今のは要するに「投資とは何ぞや」の王道のお話なんですけど。こういう話は僕も何十回・何百回と伝えてきましたが、「あぁ、そうだったのか」と気づく人もいれば、結局、気づいてくれない人も少なからずいるんですよね。

奥野 結構多いですよ。「安く買って高く売ればいいじゃん」みたいな話になってしまう。

中野 本当にそこで終わってしまう。投資という言葉のデファクト化された常識の壁が、非常に厚いなと感じます。

 あと、もうひとつは日本人の島国根性。やっぱり自分たちの目の見える範囲でしか考えなくなって、「金利はゼロだけど、通帳に印字された預金額は変わらない。変わらないということは、安心だ。だから、〇〇銀行に置いておこう」と、これで止まっちゃうんですね。考え方が。

奥野 残念ですね。

中野 でも、お金を外から眺めれば、全然違うものに見えてくるはずなんです。自分の家の窓から外を見るのではなく、外側から自分の家を眺めるような感覚。それを身に付けないといけない。

 話は少し脱線しますが、以前、サッカーの本田圭佑選手がJリーガーに向けてこんな話をしていました。「環境に甘えるな。明日、リュックを持って海外へ出ろ」と。僕はこの言葉を、日本人全体に対してインパクトがあると感じます。こういう意識が国民全体に欠けているから、銀行の預金通帳の数字しか見ない。「数字が変わらない、これが素晴らしい」と、いうことで終わってしまうんですよね。「外へ出て行こう。身体は無理だとしても、少なくとも意識だけでも外に向けてみよう」。そう自覚しておきたいですね。

つづく