地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』(王立協会科学図書賞[royal society science book prize 2022]受賞作)は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、西成活裕氏(東京大学教授)「とんでもないスケールの本が出た! 奇跡と感動の連続で、本当に「読み終わりたくない」と思わせる数少ない本だ。」、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者からの書評などが相次いでいる。本書の発刊を記念した著者ヘンリー・ジーへのオンラインインタビューの8回目。これまでの連載に続き、世界的科学雑誌「ネイチャー」のシニア・エディターとして最前線の科学の知を届けている著者に、地球生物史の面白さについて、本書の執筆の意図について、本書の訳者でもあるサイエンス作家竹内薫氏を聞き手に、語ってもらった。(取材、構成/竹内薫)

人口の半分近くが死亡、大領主や男爵は農民や奴隷を失った…「黒死病」がヨーロッパに与えた大きな衝撃Photo: Adobe Stock

黒死病とヨーロッパ

――新型コロナについてもう少しお話を聞かせてください。多くの国で、新型コロナ前の生活が徐々に戻ってきているようにも感じますが。

ヘンリー・ジー:新型コロナは人間社会を変えてしまったと思います。

 歴史家のカイル・ハーパーが『地球の感染症(Plagues Upon the Earth)』という本のなかで書いている教訓のひとつに、病気がいかに歴史に影響を与えるかということがあります。

 1300年から1400年にかけて、ヨーロッパで黒死病と呼ばれる病気が発生しました。

 ペストです。2~3年のあいだに、ヨーロッパの三分の一から二分の一の人が死亡しました。

 城にいる大領主や男爵は、農民や畑で働く奴隷を持てなくなったので、社会は変わりました。

農民は町へ出た

 農民はすべて死に、生き残った農民は町へ出て新しい中産階級となったのです。

 そして、これが古い秩序、つまり封建制度の崩壊へとつながり、ヨーロッパの近代化を工業、町、都市、貿易、ギルドへと導いたのです。

 つまり、パンデミックによって、社会全体が完全に変化したのです。

 今、新型コロナが同じような効果を発揮しているかどうか。

 日本ではどうかわかりませんが、イギリスでは間違いなく、経済に大きな影響を与えています。

――そう言われてみると、日本でも、印鑑の廃止、企業の本社移転、契約書の電子化、オンライン会議の普及などの変化が見られますね。

 また、私の周囲では、在宅勤務を続けたいという人が多いように思います。

変りつつある社会

ヘンリー・ジー:なぜなら、人々は職場に戻りたがらないからです。

 人々は、もう、通勤電車に詰め込まれたくないのです。人々は退職を決意しました。自分のビジネスを始めることにした人たちもいます。

 突然、雇用主は何もするにも社員を見つけられなくなり、一種のマヒ状態に陥っているのです。

 これは、自動化や人工知能のようなものに拍車をかけるもので、人々が物事を行う方法を変えることにつながります。

 まだ、その全貌は見えていません。しかし、新型コロナが人間社会のあり方に影響を及ぼしていることは確かです。

 長期的な影響は見えにくい。おそらく、黒死病のような深刻な事態にはならないでしょうが、確実に影響はあるのです。

 2年前なら、私はあなたとのこのようなインタビューはありえなかったでしょう。

 私が日本に行くか、あなたがイギリスに来るかしなければならなかったでしょう。でも、飛行機で長時間移動するのは大変な出費だし、時間もかかる。

 でもいまは、こうして楽しくおしゃべりができるんです。

――気楽にといっては失礼かもしれませんが、人間が移動しなくても、こうやって読者に著者インタビューを届けることができていますよね。

 つまり、コンテンツ作成が楽になりました。

ヘンリー・ジー:私は、自分の仕事を何とかこなしています。

 ドイツ、中国、日本、イスラエル、アメリカの研究所をZoomで訪れ、科学者と話をしました。

 新型コロナは、私たちのやることすべてを変えているのです。長期的にどのような効果があるのか、私にはわかりません。

 おそらく、物事の大きな流れの中では大したことはないでしょうが…。

――なるほど、ありがとうございます。

人口の半分近くが死亡、大領主や男爵は農民や奴隷を失った…「黒死病」がヨーロッパに与えた大きな衝撃ヘンリー・ジー
「ネイチャー」シニアエディター
元カリフォルニア大学指導教授。一九六二年ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学にて博士号取得。専門は古生物学および進化生物学。一九八七年より科学雑誌「ネイチャー」の編集に参加し、現在は生物学シニアエディター。ただし、仕事のスタイルは監督というより参加者の立場に近く、羽毛恐竜や最初期の魚類など多数の古生物学的発見に貢献している。テレビやラジオなどに専門家として登場、BBC World Science Serviceという番組も制作。このたび『超圧縮 地球生物全史』(ダイヤモンド社)を発刊した。本書の原書“A(Very)Short History of Life on Earth”は優れた科学書に贈られる、王立協会科学図書賞(royal society science book prize 2022)を受賞した。
Photo by John Gilbey

(本原稿は、ヘンリー・ジー著『超圧縮 地球生物全史』〈竹内薫訳〉への著者インタビューをまとめたものです)