なぜアップルは
EV開発に乗り出したのか?

 そもそも、アップルはなぜ自動車の開発に乗り出したのか。アップルが自動運転EVを作る理由は、自動車メーカーのそれとは異なると思われる。

 一般の自動車メーカーが自動運転車やEVの開発を進めるのは、環境問題への対応はもちろん、そうしなければ他社の後塵を拝し、既存のビジネスが立ち行かなくなることが明らかだからだ。一方、特に中国などで安価なEV製造に参入する企業が多い理由は、EVはレディメイドのパーツを組み合わせるだけでもそれなりの製品が作れるため、内燃機関の自動車に比べて技術的な障壁が低く、新たなビジネスを立ち上げやすいことが影響している。

 しかし、アップルの立場はどちらとも異なる。自動運転EVを作らなくても既存ビジネスを失うことはないし、普通によく走るEVでよければ、もっと早く市場に出すことができるだろう。

 では、なぜ莫大な資金と時間をかけて自動運転EVを作るのか。もちろん、ビジネス拡大という意味合いもあるが、それよりも、自分たちこそが自動車分野のユーザー体験を改善し、社会的な問題を解決できると考えているためだろう。アップルは、リサイクルを念頭に製品を開発し、自社の使用電力の100%をクリーンエネルギーでまかない、サプライヤーにも再生可能エネルギーへの移行を促すと同時に設備投資の援助まで行うなど、企業の社会的責任を非常に重んじている。また製品の仕様においては、最新のiPhone 14シリーズやApple Watchに衝突事故検知機能を組み込み、さらにiPhone 14シリーズでは衛星通信を使ったサテライトSOS機能を実現するなど、緊急時にユーザーの安全を確保するための仕組みを充実させてきた。

 こうした流れに沿って推察してみると、アップルは自動運転EVを、環境面では単にゼロエミッション(有害物質ゼロ)に留まらず、走行中に取り入れた空気を浄化して排出する仕組みや、安全面では自動ブレーキや誤発信防止メカニズムはもちろん、乗客を守るための新基軸の機構などまで開発しようとしている可能性もありそうだ。

 車載の空気の浄化システムについては、過去には’99年式のボルボS80で大気中の有害オゾンの7割を酸素化する触媒が搭載されたり、現在は燃料電池車のトヨタMIRAIの新型に、空気からPM2.5などの粒子状物質を8〜9割除去した上で酸素のみを燃料電池スタックに送り込むと同時に、大気中にも放出する仕組みが採用されたりといった例がある。EVでも、中国のIMモーターズが大気中の汚染物質を除去するHEPAフィルターを搭載したコンセプトカー「Airo」を発表したことがあった。ただ、おそらく実用化するには目詰まりなどの問題もあり難しいのか、量産車では採用例がないようだ。

 ティム・クックCEOは、2021年末にCNBCのインタビューで「関係機関とともに、私たちはひとりひとりの健康を維持することに必要なことは何かを考えていく」と発言している。Apple Carも、大気の浄化や、完全自動運転ではなくても高い安全性を確保して交通事故死を減らすなど、社会問題の解決を通じて人々の健康的な生活の維持に貢献できるとの思いから開発が進められているものと考えられる。