「元祖SF」が予見したテクノロジー社会の課題――フランケンシュタインFFFLOW / Shutterstock

さまざまな未来の「if」を妄想で可視化し、そこに立ち現れる未知の問題を予見する――。『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』の編著者である宮本道人氏は、こうした特色を持つSFの先駆けとして、19世紀の英国で誕生した『フランケンシュタイン』を挙げる。人を襲う怪物というホラーとしての側面ばかりが注目されがちな本作は、実はビジネスパーソンに新たな視点を提供する示唆に富んだ物語なのだ。(構成/フリーライター 小林直美、ダイヤモンド社 音なぎ省一郎)

19世紀に、生命倫理の問題を提起した物語

 フランケンシュタインといえば、吸血鬼(ヴァンパイア)、狼男と共に「世界三大怪物」に数えられるホラーの定番キャラクターだ。映像化では1931年に公開された米国映画『フランケンシュタイン』が特に有名で、ボリス・カーロフ演じる怪物(首にボルトが突き刺さった継ぎはぎだらけの怪力の巨人!)が、そのイメージを決定付けた。ただ、その知名度に反して原作を読んだことのある人はかなり少なく、「フランケンシュタインは怪物の名前ではなく、怪物を創造した科学者の名前である」という基本的な事実すら意外と知られていない。

 原作の『フランケンシュタイン』は、1818年に英国の女性作家、メアリー・シェリーが発表した小説だ。そう長くもないのでぜひ読んでみてほしいのだが、ホラーのつもりで読むときっと驚くはずだ。原作では「怪物に襲われる恐怖」より「科学技術がもたらす可能性」に焦点が合わせられており、ホラーというよりSF的な要素が強いからだ。実際、英国を代表するSF作家、ブライアン W・オールディスがまとめたSF史『十億年の宴 : SF-その起源と歴史』(東京創元社、1980年)では、本作こそが「SFの起源」と名指しされている。

 物語の骨格はこうだ。主人公は若き科学者、ヴィクター・フランケンシュタイン。優秀だが、やや自信過剰で独善的な面も持つ人物である。ヴィクターは大学で化学の研究に没頭するうちに生命の原因を発見し、死体から優れた人造人間を作ろうと考える。努力の末に実験は成功するが、誕生したのは、ヴィクターが夢想したような完璧な生き物には程遠いグロテスクな怪物だった――。

 テクノロジーで死体がよみがえる、という発想には元ネタがある。18世紀末にイタリアの医師ルイージ・ガルヴァーニが、死んだカエルの脚に電極を当てると収縮することから発見した「ガルヴァーニ電気」である。メアリーは、この新しい科学的知見を物語に生かしたわけだが、ただのギミックにはしなかった。「人間には、生命の創造に関わることがどこまで許されるのか」という根源的な問いに結び付けたのである。

 それから200年。今や臓器移植は当たり前の医療行為になり、生物学と工学が融合した「合成生物学」の分野では自然界に存在しない「生物」が人工的に生み出されるようになっている。加えて、人工知能やロボットといった一種の人造人間テクノロジーも大きく進化した。メアリーが問うた生命倫理の問題は、21世紀の現代でこそ切実な意味を持つようになっている。

 それを証明するかのように、今も医学やバイオの分野を中心に『フランケンシュタイン』に言及する識者は多い。スタンフォード大学医学部のオードリー・シェーファー教授の記事はその一例だし、SFプロトタイピングの先進的な実践で知られるアリゾナ州立大学でも2016〜18年に「フランケンシュタイン200年プロジェクト(The Frankenstein Bicentennial Project)」を展開。科学者、エンジニア、クリエーターなどが現代的な視点で『フランケンシュタイン』に注釈を付ける試みが行われている。