家族はいるが、家庭では自らの弱みを吐き出せないという。まさに「父・夫として強くあらねばならぬ」といったスティグマを抱えて苦しんでいたといえる。そして会社では部下にも悩みを打ち明けられず、上司からは追い詰められる。常に心が張り詰めた極限状態のなかで、Cさんが導き出した答えは、自ら命を絶つということだった。だが、命を絶とうと考えたが「勇気が出ず」、偶然インターネット記事で見つけた私たちの窓口を訪れたという。
重層的かつ複合的なストレス因と出口の見えぬ苦しみを抱え、家族にも相談できずにひとりひたすら孤独に耐えていたのだ。相談員は、「ここはCさんが何でも話せる場所です。すべて私たちに吐き出してくださいね」と伝え、まずはCさんが抱えている感情をすべてチャットに書き出すことを提案した。チャット相談の利点は、自分のペースで、自分の感情をすべて書き出せることだろう。人はしばしば、重層的な悩みを抱えたときに、自らが何に悩んでいるかすらわからなくなることがある。それをすべてチャットに書き出し、読み返すことによって自らが何に苦しんでいたのかを客観的に理解できる。そのため、チャット相談窓口においては、相談員とのやりとりを重ねなくても悩みを書き出すことで「スッキリして、問題が解決しました」ということがよくある。
今回のケースではこの利点を活用し、率直な気持ちをすべてチャットに書き出すことを提案した。すると、前述したような会社における人間関係の悩みなどを次々と吐き出してくれた。私たちは、それらをすべて受け止めながら、Cさんがこれまでひとりで耐えてきたこと、一生懸命頑張ってきたことなどを率直に伝え、張り詰めた気持ちを一つずつほどいていった。
傾聴を重ねた結果、Cさんは「少しずつ生きる勇気が出てきました」という言葉を口にしてくれた。相談員が報われる瞬間だ。会社でも家庭でもない、匿名で相談できる第三の居場所があるということをCさんは知ってくれただろう。
『望まない孤独』(扶桑社)大空幸星 著
私たちは、Cさんの会社や家庭に入っていって、人間関係などについて解決することはできない。また、もし仮に問題を解決できたとしても、その先の長い人生で抱える悩みのすべてを私たちが対処することなどとうてい不可能だ。悩みを抱え、孤独に苛まれた結果、誰にも頼れないときに「あなたのいばしょへ行けば話を聞いてくれる人がいる」と思い、生きる糧にしてもらうことこそが私たちが目指す相談窓口の在り方だ。Cさんは、相談員がCさん自身にかけた言葉をお守りのように持ち歩き、また「しんどい」と思ったときは、「上司だから弱みを吐いてはならない」といったスティグマにとらわれることもなく、相談窓口を頼ってきてくれるかもしれない。
しかし、かつてのCさんがそうであったように、組織の中で責任ある立場の人の多くは誰にも頼れずにひとりで孤独を抱えこんでいる。「責任ある立場」という役割によって、周りに自らの弱みと認識される可能性のある「頼る・相談する」という行為が制約される。そうした状況に置かれると、「悩んだり苦しんだりするのは自分が至らないせいだ」という自業自得な感覚を自然に抱きはじめるのだ。そして、社会もそれを容認するため、懲罰的自己責任論に基づく自己否定ループに陥っていく。
この懲罰的自己責任論は、自己否定ループを生み出すだけでなく、孤独を抱えても誰にも頼ってはいけないというスティグマを強化していく。そのため、「自業自得」という考えに近い懲罰的自己責任論をいかにして乗り越えるかということこそ、望まない孤独のない社会を形成するための重要なポイントとなる。







