ミラノのデザイン文化はデザインディスコースの必須条件か

 最後に「ミラノにはデザイン文化があるからだ」という見方に注目します。これは大きくいって二つの観点で語られます。一つ目は審美性の重視です。これは、ミラノに限らずイタリア全般に共通することですが、「美しいもの」「おいしいもの」であることが、言葉によるコンセプトの説明よりも優先されるということです。またコンセプト自体のロジックも美しい方が良い。あるいは他人の目を意識するから、おしゃれにも気を使う傾向がある。イタリア料理やファッションが人気を保つ根拠にもなっています。

 こう見ると、確かにミラノには審美性を重視するデザイン文化の土壌があるとの見方は妥当性があります。しかし、ここでの審美性の議論は、有無ではなく、あくまでも強弱です。まったく審美性がないという人たちなどいません。

 ロベルト・ベルガンティはデザインディスコースの成立に、審美性を重視することの有効性を認めていますが、どんな人にでもその姿勢が「有る」以上、どんな地域でもデザインディスコースは成り立つといえるでしょう。

 二つ目は、どのようなシーンであっても「前進することを優先する」マインドが強いことです。デザイン文化は、かつて「プロジェクト文化(cultura di progetto)」と呼ばれました。プロジェクトはprogettoというイタリア語に相当し、これは「前に投げ出す」という意味のラテン語から来ています。20世紀半ば以降、特にミラノ周辺の建築家を中心とした人たちが地域コミュニティーを先導、あるいは家具や雑貨の産業の重要なけん引役を果たしたところから、いわばアントレプレナーのマインドを発揮しやすいエコシステムがあるとの認識がされたのです。

 ベルガンティは著書『デザイン・ドリブン・イノベーション』で、このエコシステムに特に注目し、デザインディスコースの成立と機能を見いだしたわけですが、当然のことながら、アントレプレナーシップはミラノの人たちだけのものではありません。ビジネスのプロジェクトにおいて、その前進を意識しない人たちも珍しいでしょう。これも強弱の問題です。

 前進を優先するマインドを促すエコシステムがミラノ近辺にあるからといって、他の地域でデザインディスコースが成立しにくいという見方は当てはまらないといえるでしょう。