一部門が責任を負うのではなく
「クロスファンクション」が大事

「人的資本経営において、どの部門が主体となって責任を持つべきか。そこに問題点がある」と白井氏は指摘する。

 情報開示という点では、広報部や財務部の責任かもしれない。人事戦略と経営戦略をひもづけるなら経営企画部の責任だし、人的資本と人材開発の関わりでいえば人事部が責任を持つ面もある。

 要は、企業によって人的資本経営の責任部門が異なるケースが出てくるわけだが、縦割りの中で一つの部門だけが責任を負うのは理想的ではない。広報部、経営企画部、人事部など、複数の部門や職位からさまざまな経験やスキルを持つメンバーを集めて構成する「クロスファンクショナルチーム」を作り、人的資本経営という一つのプロジェクトに対してどう取り組むのかを考えていくのが理想だ。例えば、今年から組織改編して、人的資本をマネジメントする部門を新設する企業もある。

 いずれにせよ、どこか一つの部門が全責任を負うのではなく、複数の部門が一つの人的資本経営というプロジェクトを自分事として捉えながら、議論したり、社外広報を考えたり、データのまとめ方を検討したりといったことを横断的に取り組むのが必要となる。

 大手企業では、営業、製造、事務員など部門や職位によって人材開発方針が異なったり、収益の柱となるビジネスを担う組織と時代の変化に合わせた新規事業にチャレンジする組織が混在していたりする。そこで人的資本に求められるものが大きく食い違い、部門や組織の壁を乗り越えてどう統合していけばいいのか悩んでいる企業が多いようだ。

 それに対する打ち手は極めてシンプル。部門や組織が別々でも、理念やパーパスは基本的に一つに集約される。そこに立ち返り、全社共通で求めるべき人物像、働く人に提供できる機会や価値とは何かをまず経営陣が議論するのが大切だ。そこで中心的な役割を果たすべきなのがCHROで、さまざまな部門や組織の中での最大公約数、共有すべきポイントなどを企業理念やパーパスを起点に役員クラスと共に考えていくことが必要となる。 

 だが、それだけではまだ足りない。現在、人的資本経営に関する危険な潮流として、人的資本情報の開示の義務化だけがフォーカスされており、その先の誰に対して開示するのかというのが曖昧になっているという点がある。

「投資家向けに開示しないといけない」もしくは「お上に指示されたからやらざるを得ない」という受け身で取り組む企業も散見される。本当の意味で人的資本経営の質を高めていくためには、社外発信と同等に社内のステークホルダー、つまり社員に対して発信していくことも大事だ。「社内周知に関する視座が抜けていたり、後回しになっていたりする傾向がある」と白井氏は指摘する。

 人的資本経営に本気で向き合っているのが、人事部、経営企画部、経営者の一部で、その他大勢の社員は全く興味がない、知らないといった、組織内でのギャップも生まれつつあるというのが現状だ。人的資本情報を開示したあと、社員に「当社はこういう人材マネジメントポリシーを軸に理念の実現を目指し、そのためにこういう姿勢を社員に求めていく。その代わり、社員にはこういう機会や価値を提供していく」といったことを具体的に理解、共感してもらう必要がある。

 これから半年、1年とかけて、その取り組みをきちんとする企業とそうでない企業では、人的資本経営の実効性に差が出てくる。

3月期決算から義務化!「人的資本の情報開示」のメリットと課題人材マネジメントポリシーを軸に社内外に情報発信するのが大事 提供:リクルートマネジメントソリューションズ

  人的資本経営が成功するのか。はたまた形式上のKPI達成ゲームとなり、机上の空論になってしまうのか。日本企業は今、その岐路に立たされている。