語る仏教から聞く仏教へ
西智弘(以下、西):奈良時代には国のものだった仏教は、平安、鎌倉と時代が移るにつれて民衆向けのものが広まってきたとおっしゃいましたが、現代ではどうでしょうか。僕は初診では必ず患者さんに「信仰している宗教はありますか」と聞くのですが、ほとんどの方は「いや、宗教なんてやってませんよ!」と半ば拒否反応を示されます。
もちろん仏教や神道は日本人が古来から精神のよりどころにしてきたものであり、我々の心の奥底に根付いてはいると思います。我々の抱く悩みへの答えだって、経典の中にはすでに書いてあるかもしれない。
でもそれを今の時代に「宗教に戻りましょう」とか「経典を読みましょう」と促すのは自然ではないし、かなり難しい気がする。仏教の世界の方はその点、どう思っていらっしゃるのでしょうか。
現代医療も、かつての南都六宗時代のようになってきているんです。医療者はあたかも権力者のように、市民に「僕たちの研究成果を教えてあげるよ」「最新治療はこうなんだよ」と上から押し付けていると思われている。
だから「コロナで行動制限しよう」とか「感染はこれだけ危険だ」と言えば言うほど、反発が強くなる。この悪循環を解消するためにも、コミュニティの力を取り戻していく必要がある気がしているのですが。
吉村:仏法の伝え方については、ここ20年ほど、「語る仏教から聴く仏教へ」という流れへと変わりつつあります。これまでは一方的に法話を伝えてきましたが、バブル崩壊後頃からでしょうか、カウンセリングを学ぶお坊さんが増え、話すだけじゃなくて聴かなくちゃダメだ、となったのです。
コミュニティの基本は「聴く」ことです。各宗派でも若手のお坊さんに対して、傾聴のレクチャーを行うようになりました。
現在、コロナ禍で休止していますが、坐禅会では坐禅のあとに必ず茶話会を行っていました。お茶を飲みながら参加者の話を聴いて、わたしが仏法で返してワイワイするんですが、皆さん、その時間が楽しいからと足を運ばれているようなんです。そう考えると、やはり聴くことが大事なんだと感じますね。
浅生:人はやっぱり聞いてもらいたい存在なのでしょうか。
西:お寺コミュニティも、ケアの力を利用して聴くことから始まっていました。「この人は自分の話を聴いてくれる、苦しみに付き合ってくれる存在だ」と思った人が入ってくる。
その結果、コミュニティが形成される。順番が逆なんです。コミュニティを作ってからケアを始めるのではなく、ケアを進めていくとコミュニティができていく。
市原:2年前に真言宗の飛鷹全法和尚をお呼びしたとき、おかざき真里さんが「教えがスッと頭に入ってこないことがある」と質問されたら、和尚は「聞く側にも準備ができていないと、なかなか入っていかないんです」とおっしゃっていたのを思い出しました。
まずは関係性を築くことが重要だ、と。宗派は違えど、どのお坊さんもそういうメッセージを残してくださっているのですね。
作家、広告プランナー。1971年、神戸市生まれ。たいていのことは苦手。ゲーム、レコード、デザイン、広告、演劇、イベント、放送などさまざまな業界・職種を経た後、現在は執筆活動を中心に、広告やテレビ番組の企画・制作・演出などを手掛けている。主な著書に、『中の人などいない』『アグニオン』『二・二六』(新潮社)、『猫たちの色メガネ』(KADOKAWA)、『伴走者』(講談社)、『どこでもない場所』(左右社)、『だから僕は、ググらない』(大和出版)、『雑文御免』『うっかり失敬』(ネコノス)、近年、同人活動もはじめ『異人と同人』『雨は五分後にやんで』などを展開中。座右の銘は「棚からぼた餅」。最新作は『あざらしのひと』(ネコノス)、『ぼくらは嘘でつながっている。』(ダイヤモンド社)など。
曹洞宗八屋山普門寺副住職。公認心理師/臨床心理士。相愛大学 非常勤講師
1977年3月、広島県生まれ。仏教学修士を取得後、永平寺にて修行。その後、臨床心理学修士を取得し、現在は心理臨床家として地元の精神病院に勤務。その傍ら、禅と臨床心理学、マインドフルネス、禅の掃除、精進料理、仏教マンガなど、多岐にわたる分野の研究、執筆、講演を行う。近著に『心とくらしが整う禅の教え』(オレンジページ)、『精進料理考』(春秋社)など。
1978年生まれ。医師、博士(医学)。病理専門医・研修指導医、臨床検査管理医、細胞診専門医。Twitter:病理医ヤンデル(@Dr_yandel)。著書に『Dr.ヤンデルの病院選び ヤムリエの作法』(丸善出版)、『病理医ヤンデル先生の医者・病院・病気のリアル』(だいわ文庫)、『どこからが病気なの?』(ちくまプリマー新書)、『ヤンデル先生のようこそ! 病理医の日常へ』(清流出版)、『まちカドかがく』(ネコノス)ほか。
古典文学から漫画や政治問題まで、さまざまなツイートで人気を得ており、フォロワー数は20万人を超える。本業は編集者。
川崎市立井田病院 腫瘍内科 部長。一般社団法人プラスケア代表理事
2005年北海道大学卒。室蘭日鋼記念病院で家庭医療を中心に初期研修後、2007年から川崎市立井田病院で総合内科/緩和ケアを研修。その後2009年から栃木県立がんセンターにて腫瘍内科を研修。2012年から現職。現在は抗がん剤治療を中心に、緩和ケアチームや在宅診療にも関わる。また一方で、一般社団法人プラスケアを2017年に立ち上げ代表理事に就任。「暮らしの保健室」「社会的処方研究所」の運営を中心に、地域での活動に取り組む。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。著書に『だから、もう眠らせてほしい(晶文社)』『社会的処方(学芸出版社)』などがある。
(※本原稿は、2022年8月20日、21日に開催されたオンライン配信を元に記事化したものです)