例えば、広告主が求めていることが5つあるとすれば、そのうち3つについては受け入れるが、残る2つについては拒絶して、編集部のほうで独自情報を掲載するなどという形で「妥協点」を見出そうとする。いわば、”取引”をするわけです。
しかし、これでは関係者全員に「不満」を残すことになります。
広告主にとっては、納得できる理由が示されないまま、要望の一部が拒絶されるわけですし、営業部は、その広告主の不満をなだめすかすために大汗をかく必要があります。
一方、編集部は、広告主に「妥協」することで、真に「読者に有益な情報を届ける」というミッションをなかばあきらめることになります。そして、何よりも問題なのは、オール・アバウトに掲載される情報を信頼している読者を裏切ることになってしまうことです。これは、非常に深刻な事態だと言うべきでしょう。
相手を論破すれば確実に「禍根」が残る
しかも、こうした「妥協点」を見出すことすらできないことが多いのが現実です。
そうなると、あとは、どちらかが頭を下げてお願いするか、相手の”頑固さ””身勝手さ”を嘆くか、相手を論破してやりこめるか、力関係を用いて相手を押さえ込むか、といった手段しか残されていないように思えてきます。
もちろん、いずれも良い方法ではありません。
「頭を下げて無理を聞いてもらう」ような関係性は長くは続きませんし、憂いているだけでは何も解決しません。ましてや、相手を論破したり、力関係で押さえつけたりすれば、その場は自分の要求を通すことができるかもしれませんが、そこには確実に「禍根」が残ります。
その場だけなんとか収拾がつけばいいという場面ならまだしも、それ以後も会社の中で接点が続く部署間での禍根は、のちのち深刻な事態に発展する可能性がありますから、それは、長い目でみれば「最悪の手段」と言うべきでしょう。
「共通の利害」を探り当てるのが、
交渉学の真髄である
では、どうすればいいのか?
私が、この問題を考えるときに、いつも思い出すのは、かつて若い頃に慶應義塾大学法学部の田村次朗教授による「交渉学」の講義を受けたときのことです。
なんとなく「交渉学」というと、心理学を駆使して相手を説得し、自分に有利な条件を引き出すといったイメージをもっていたのですが、先生の教える「交渉学」の真髄は、「立場から利害へ」ということにあったのです。これはつまり、「それぞれの立場にこだわるのではなく、それぞれの利害に着目する」ということ。これを聞いたときには、目から鱗が落ちる思いでした。
田村教授は、日本における交渉学の第一人者として、日米通商交渉やWTO(世界貿易機関)交渉等に携わってきた方ですが、そうした交渉においても、対立関係にある両者がお互いに「譲歩」することで交渉がまとまるケースはほとんどなく、相手の利益・関心を引き出して、「共通の利害」を探り当てることこそが交渉を成功させる秘訣なのだそうです。
これは、社内の「部署間対立」でも同じことだと思います。オールアバウトの例で言えば、編集部と営業部がお互いに「譲歩」するのではなく、お互いの「共通の利害」を確認することこそが重要なのです。
では、この場合の「共通の利害」とは何か?
「オールアバウトが『信頼できるメディア』として多くの読者に支持されることによって、その収益基盤を確立すること」。これこそが「利」であり、「害」はその逆に「読者に支持されず、収益基盤を構築できなくなる」ことです。
企業がオールアバウトに広告を出そうと思うのは、オールアバウトに掲載される情報を信頼する多くの読者がいるからです。読者に信頼されていない情報サイトに、広告価値などあるはずがありません。「読者からの信頼」こそが、「企業からの信頼」の源泉なのです。
そして、「企業広告」という収益基盤を確立することによって、サービスを維持・発展させ、より多くの人々の「不満」を解消できるようになることこそが、編集部・営業部の「共通の利」であり、両者が共有すべき会社としてのミッションなのです。
「対立関係」を「協力関係」に変える
たったひとつの方法
この「原点」を確認すれば、対立を乗り越える「道」は明らかになります。
まず、営業部。「主たる売上である企業広告をとってくる」というミッションをもつ営業部にとっては、「広告主の意向に沿った広告をつくる」ことが目先の「利」に見えがちです。
しかし、広告主の最終的な「利」は、お客さま(読者)に支持してもらうことにあるわけですから、読者に「提灯記事か?」と疑われるようなタイアップ広告を出すことは、広告主も決して望んでいることではありません。
もしも、そんなことになれば、広告主は「読者」の支持を得られず、結果として目的を果たしてくれなかった営業部に対しても失望することになるでしょう。つまり、「広告主の意向に沿った広告をつくる」ことが、必ずしも営業部の「利」になるとは限らないのです。
一方、編集部が、「そんな提灯記事のようなものを書いたら、メディアとしての信頼を損なう」と言うのは、「読者の支持」という観点においては「利」にかなった主張ですが、「広告主の支持」という観点が抜け落ちています。それでは、このサービスを維持・発展させるという「利」を手放すことになりかねないわけです。
そもそも、広告主が発信したい情報が読者にとって不利益になるとは限りません。広告記事であったとしても、伝え方を工夫することで、読者にとって面白く役立つ情報に加工することは可能であるはずなのです。
とすれば、両者がやるべきことはひとつしかありません。
広告主の商品特性を深く吟味して、それをどのように記事化すれば読者にとって「有用な記事」になるかを、力を合わせて徹底的に考え抜くことです。
営業部からも広告主に対して、「提灯記事はつくれない」「タイアップ広告とはいえ読者の信頼を裏切ることはできない」という自社のスタンスを改めて伝えてもらったうえで、編集、営業、広告主が目線を揃えて、「読者にとって良いコンテンツ」とは何かを考え抜き、オールアバウトの通常の記事と同じように、読者に有用な情報提供となるタイアップ広告をつくればいいのです。
そうすることで、最終的には読者に喜ばれるタイアップ広告を提供することができれば、通常の広告をはるかに上回る広告効果を広告主にもたらすことができるはずなのです。しかも、その結果、営業部も編集部も、広告主も読者も、全者がハッピーになり、オールアバウトの広告売上も増えて、その収益基盤もより一層強化されていくに違いないのです。
「調整」とは、関係性を正しく整えること
このように、対立を乗り越えるには、「お互いに”譲歩”することによって、”妥協点”を探る」のではなく、「”共通の利害”を探り当てる」ことが大切です。
そして、実は、それこそが「調整」なのです。「調整」という言葉を辞書で調べると、「ある基準に合わせて正しく整えること」と書いてあります。ここには、「譲歩」とか「妥協点」という含意はありません。
そうではなく、先ほどの例で言えば、「オールアバウトが『信頼できるメディア』として多くの読者に支持されることによって、その収益基盤を確立すること」という「基準(=共通の利害)」に合わせて、編集部と営業部の仕事を正しく整えることこそが、「調整」という言葉の真意なのです。
だから、「部署間対立」が生じたときには、お互いが向かい合うのではなく、肩を並べて横に並び、ともに「基準=共通の利害」のほうに顔を向けて、お互いの果たすべき役割について話し合うことが大切。「対立関係」を「協力関係」に切り替えると言ってもいいでしょう。これこそが、「対立」を乗り越えるうえで欠かすことのできない「ディープ・スキル」なのです。
(本記事は『Deep Skill ディープ・スキル』(石川明・著)から抜粋・編集したものです)