Bと言い争いになった翌日、AはD社長に泣きついた。
「社長~っ。退職する話、無かったことにしてください。この会社で頑張らせてください!」
しかしD社長はキッパリと言った。
「昨日、君の後任者が決まったよ。来週から出勤するので、引き継ぎを頼む」
Aの退職届を受け取ったD社長は、求人広告を打ったり、会社の取引先や自分の友人、知人などに頼んだりして後任者を探しまくり、運よく35歳のベテランSEを採用できたのでサブチーフを任せることにしていたのだ。
「そんなこと言わないで……。4月以降もここで働かせてください」
D社長は首を横に振り、余剰人員を雇う余裕はないと話した。それでもAは食い下がった。
「私が会社に残れば、新任者はいらなくなりますよね。その人の採用をやめればいいじゃないですか」
「私が君の代わりを探すのにどれだけ苦労したか、分かってるよね? 内定の取り消しなんて無理。とにかく君には退職してもらうから」
退職届を出した後に「退職するのをやめたい」と社員に言われたら
その日の昼、E社労士が用事でD社長を訪ねてきた。要件が終わり帰ろうとしたE社労士をD社長が呼び止めた。
「もう少し、お話しすることはできますか?」
E社労士が了承したので、D社長はAの件について詳細を説明し、「社員が退職届を出した後に『退職するのをやめたい』と言ってきた場合、会社は応じる義務がありますか?」
と尋ねた。E社労士は次のように答えた。「それはケースによって異なります」
○ 「退職願」は労働者が会社に「退職させてほしい」とお願いするためのもので、会社と労働者が労働契約を合意の上で解消するための申込書類である
(具体的には会社と労働者が話し合って退職日を決めることなど)
○ 「退職届」は労働者が会社に「退職します」と宣言するもので、労働契約を労働者側から一方的に解約するための書類である
○ ただし「退職届」を「退職願」の意味で扱っている企業の場合、実務上の扱いが優先される。
<書類の提出後撤回は可能か>
○ 退職願を提出した場合、会社が承諾(社長、人事部長など企業の人事権を持つ人が退職を認め、本人にその旨の意思表示を行うこと)する前であれば撤回は可能
○ 退職届を提出した場合、労働契約を労働者の方から一方的に解約しているため、会社の承諾は必要ない。従って退職届を受け取った人の人事権の有無に関係なく提出した時点で退職が受理されることになる
○ 悪質な退職勧奨を受けていたなど特別な場合を除き、退職届を提出していた場合、会社が退職の撤回に応じる義務はない。
○ ただし、労働者が退職届を提出していた場合でも、会社が認めれば退職の撤回は可能である。