人とのコミュニケーションで
実は一番大事なこと

田中慶子氏Photo: Yukari Morishita

田中 それも結果的に、渡英されたことによる、行き当たり「バッチリ」ですね(笑)。渡英時は、お嬢さんは小学生だったんですよね。

布袋 そうですね。最初は、娘がロンドンでの生活に順応できるか心配でした。ロンドンの学校に登校する初日に、娘を送り届けて、娘の不安そうな背中を見つめながら、しばらく教室の外から(今井)美樹さんと一緒に様子を見ていたんです。

 すると、まだ誰も登校してない教室で、机の上に上げてあるクラス全員のイスを、下ろして回っていた。その様子を見て僕たち2人は涙ぐんで、きっと大丈夫だと思いました。イギリスではたとえ時間があっても、ほかの生徒のイスを下ろすことまではしないと思います。それをたまたま見ていた担任の先生から「とても気遣いのできる娘さんですね」と言われてうれしかったですね。

田中 良いお話ですね。布袋さんご自身は、イギリスと日本との文化の違いでは苦労されたことはありますか?

布袋寅泰氏Photo: Yukari Morishita

布袋 ロンドンにはさまざまな国籍の人がいるので、アジア人がいてもあまり違和感はないのだと思います。ですから過ごしやすいですね。

 その一方で、外国では当然、日本とは習慣や考え方が違う。時間厳守ではないですし、日本のように完璧にスケジュールを守ろうとするわけでもない。木曜日の午後からもうウィークエンド気分ですよね。仕事の終わる時間が近づくと電話にも出ない(笑)。

田中 私も、金曜日の午後にミーティングを設定したら怒られたことがあります(笑)。

布袋 先日、テレビを注文したら、配達予定日から3日たっても来ないので、確認の電話をしたところ、「配達途中でなくなったようです」って(笑)。テレビがなくなるわけないじゃないですか。そういった、日本では考えられないことが普通に起きたりします。

田中 担当者が「私のせいじゃないので」と言ったりしますよね(笑)。

布袋 僕はバンドリーダーなので、若い頃から時間や締め切りは守ってきましたし、意外と几帳面なほうなので、渡英直後は戸惑いましたよ。イギリス人がとてもルーズに思えて、ずっとフラストレーションを抱えていたんですね。

布袋さんBlu-rayアーティスト活動40周年を記念して制作した20枚目のオリジナル・アルバム『Still Dreamin’』を中心として開催された2022年の全国ツアーの中から、LINE CUBE SHIBUYA公演(8月3日)を完全収録したBlu-ray&DVD『Still Dreamin’ Tour』。自身の誕生日の2月1日にリリースされた

 でもだんだん慣れてきて、最近なんて、外国かぶれになって「日本はきっちりしすぎている。もっとゆったりと、リラックスしてもいいんじゃないの」と言うようになってきています(笑)。

 イギリス人は、何かアクシデントがあっても、それを好転させようとフレキシブルに対応する。自分で考えて動こうとする。アクシデントは付き物と考えている。一方で日本人は、少しでも計画が狂うとあたふたしてしまい、指示を待とうとする。

 もちろん、事前にあらゆるリスクを想定して計画通りにきっちりと進めるにこしたことはありませんし、それができれば変に不安を感じることもないので、どちらが良くてどちらが悪いというわけではありません。

 10年ロンドンで暮らして、双方のタイプを経験するうち、自分の中でちょうどいいバランスになってきたように思えます。

田中 きっちり計画して明確化するところと、その場に合わせて臨機応変に対応するところ。外国でのコミュニケーションも仕事も、そのバランスで成り立つものですよね。

布袋 そうだと思いますね。ただ、僕は、苦手な数字の話になると、英語でなくても日本語でも脳がロックされる(笑)

田中 私も数字に関して大失敗したことがあって、ビジネスで投資の話になったとき、数字を1桁少なくして訳してしまったことがあったんです。「その金額なら投資じゃなくて、買収します」と笑ってくれたから良かったのですが、そのときは冷や汗ものでした。

布袋 ダイナミックですね(笑)。でも、笑い話になって、その場の雰囲気は良くなったわけでしょう。慶子さんは人柄的に、臆せず、ほがらかだから、相手もリラックスできる。相手をリラックスさせること。お互いがリラックスしていること。実は会話ではそれが一番大事ではないでしょうか。

田中 私自身は通訳時、毎回めちゃくちゃ緊張していますけれどね(笑)。

後編へ続く