そして漱石のこの予言の通り、三十数年後、大日本帝国は滅びの時を迎える。

 後期三部作は、『彼岸過迄』『行人』『こゝろ』。『こゝろ』は、今もほぼすべての国語教科書に載っており、高校生が必ず読む、故に日本で最も売れた小説ということになっている。執筆は一九一四年。

『三四郎』の時代。日露戦争後の日本は、富国強兵、臥薪嘗胆といった大きな国家目標を喪失し精神的な空白に陥る。さらに『こゝろ』が書かれた一九一四年から、漱石が亡くなる一六年まで、第一次世界大戦で漁夫の利を得て、日本は一気に工業国へと駆け上がった。

 しかし好不況の波は激しく、社会矛盾は広がっていく。漱石は、そんな時代にあって、超然として知識人や、当時勃興しつつあった都市生活者、中間層の苦悩を描き続けた。

 漱石が今も読み継がれているのは、そこに描かれた人間が、いずれも現代日本人の原型に他ならないからだろう。

書影『名著入門 日本近代文学50選』(朝日新書)『名著入門 日本近代文学50選』(朝日新書)
平田オリザ 著