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米田さん・諏訪さんの印象は?
会見場に颯爽と登場したのは、米田あゆさん。東京大学医学部を卒業した外科医。バリバリの理系だ。自分の強みは?という問いに「人の輪の中で、誰かいやな思いをする人がいないように、その場を和ませる存在でいたい。チームの和を大事にできる点」と自己分析。周囲に気配りしつつ、自分をしっかり持っていることが発言の随所に感じられた。
会見後、米田さんについて「宇宙飛行士にするにはもったいない」と上司が発言するのをテレビで見た。実は宇宙飛行士は、宇宙にいる時間より地上で訓練する時間の方が長い。その時間で何人の患者を救えるだろう。その点をJAXA入社日(4月3日)に米田さんに尋ねた。
「私は訓練を『待つ』というより『精進する時間』と捉えている。病院の先生方には将来、宇宙から小児病棟の子どもたちと話してほしいと言われています。直接医療に携わるわけではないが、子どもたちに頑張ろうという勇気や希望を持ってもらいたい」。自分が選んだ道を正しい道にするポジティブさが、米田さんの強みであり魅力だ。
一方、オンラインでワシントンDCから会見に参加した諏訪理さんの経歴は、異色だった。専門は国際開発。世界銀行では、アフリカの防災や気候変動対策プロジェクトを担当。国際開発を専門にする日本人宇宙飛行士(候補者)は、諏訪さんが初めてだ。
とはいえ、諏訪さんは東京大学理学部地学科で学んでいる。プリンストン大学大学院修了後、研究者の道を歩む同級生が多かったが、諏訪さんは幼い頃に抱いた国際開発への興味を消すことができなかった。
向かったのがアフリカのルワンダ。青年海外協力隊員として、高校や大学で教壇に立った。ルワンダでの印象深い思い出について、諏訪さんは次のように語る。
「授業で若田飛行士の宇宙実験のDVDを見せると、生徒は目を輝かせて『この人は水の中にいるの?』と面白い反応をしてくれた。宇宙は若者たちの興味や関心を喚起する大きな可能性がある。だが途上国ではそのポテンシャルをまだまだ最大化できていないと感じた」。ルワンダの経験もあり、諏訪さんは国際開発に進路を定めた。
実は、諏訪さんには別の夢もあった。前回(2008年)の宇宙飛行士選抜に応募したが、1次選抜で不合格に。「宇宙飛行士は小さい頃からの夢。応募することでけじめになると思ったが、不完全燃焼感が残った。次回もぜひ応募したいと思った」と振り返る。