そこで電話会議のあと、彼女は次にやるべきことを簡潔にまとめたメールを参加者全員に送った。メールの最後には、通常の「よろしくお願いします」のかわりに「今後は簡潔をモットーとする ソナルより」と記した。

 こんな自分に向けた突っ込みに誰かが反応するとは、ソナルは思ってもいなかった。ところが驚いたことに、あの電話会議に参加していたクライアントチームの3人から反応があり、彼女のジョークを明らかに面白がっていた。ある人はこう返信した。「お!簡潔をモットーとする――いいね」。べつの人はこう書いた「ソナル、見事なまとめですね。まさに簡潔で、長ったらしくない笑」。そして3人目の返信はこうだった「簡潔なまとめ、とてもよかった」。

 イベント当日の朝、CEOに会ったとき、彼はソナルとしっかり握手をし、わけ知り顔で微笑んだ。あらためて、彼女は驚かずにはいられなかった。あんなささいなことで、ぎくしゃくした雰囲気が和らぐなんて。波乱の幕開けかと思いきや、親しみや信頼が生まれたのだ。

思いやりをもって厳しいことを伝える

 ベンチャーキャピタル企業「オーガスト・キャピタル」のジェネラル・パートナー、デイヴィッド・ホーニックは、自分たちが顧問を務める企業家たちに対し、厳しい内容ながらも必要なフィードバックを伝えるとき、緊張を和らげるための道具としてユーモアを使っている。

 ある日、クライアントの役員会議でCMOが、「顧客獲得費用を削減できた」と実績を報告した。数字を見ると一見、説得力がある―その月の顧客獲得費用は30%減少していたのだ。

 だがホーニックが調べてみると、あと3000%は削減しなければ、顧客獲得費用は妥当とはいえないことがわかった。この事実を周知しないわけにはいかない。だが、ホーニックはCMOに恥をかかせたり、数字の詰めが甘いところを突いて身構えさせたりせずに、ただ笑顔でこう言った。

「すばらしい、あと100回それを達成すればしめたものです」

 これを聞いて、みんな合点がいったと同時に、思わず笑ってしまった。あのCMOでさえもだ。

 もちろん、厄介な問題を軽く扱うのが必ずしも最善とは限らないが、ホーニックの言葉を借りれば、思いやりをもってユーモアを使えば、厳しいフィードバックの「衝撃を和らげてくれる」。ネガティブな批判をすれば、相手は身構えたり、抵抗したりするかもしれないが、「思いやりのあるジョーク」を使えば、「同じことを伝えるにしても、相手に嫌な思いをさせずにすむ」、と彼は語っている。

 あるいは、あのメアリー・ポピンズが言っているとおり、「お砂糖ひとさじで、お薬はかんたんに飲める」。

神崎朗子(訳)
翻訳家
上智大学文学部英文学科卒業。訳書にアンジェラ・ダックワース『GRITやり抜く力』、ケリー・マクゴニガル『スタンフォードの自分を変える教室』『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』、キャロライン・クリアド=ペレス『存在しない女たち』、マイケル・グレガー/ジーン・ストーン『食事のせいで、死なないために』、ジェニファー・L・スコット『フランス人は10着しか服を持たない』、オイズル・アーヴァ・オウラヴスドッティル『花の子ども』、ジュリア・ロスマン『FOODANATOMY 食の解剖図鑑』ほか多数。