街の評価を変えたのは外国人

「JR新今宮駅周辺は独特な雰囲気だった」――。こう振り返るのは、大阪市浪速区に住む会社員・本田美幸さん(仮名)だ。浪速区との区界となる「堺筋」の南にある西成区の萩之茶屋一帯を、子どもの頃から異空間として見つめ続けてきた。

 すぐそばにあるJR西日本・大阪環状線の天王寺駅には、日本一の高さを誇る複合ビル「あべのハルカス」があり、富裕層の住む街としても知られる。その隣接駅の新今宮駅や御堂筋線・堺筋線の2路線が乗り入れる動物園前駅一帯には、日雇い労働者のための宿が集積する「あいりん地域」がある。

「新今宮駅の周辺は、仕事や家族やお金がないといった難しい問題を抱える人たちが集まる地域でしたが、昨年春に星野リゾートのホテルができたのには本当に驚きました」と本田さんは続ける。

 問題山積の、地元の人からも見捨てられた一帯だったが、「ここが変わり始めたのは、日本がインバウンドに向けて大きくかじを切った頃からでしょうか」と、前出の通訳ガイド・楢崎さんは話す。

 堺筋を挟んで北の浪速区には、通天閣などの観光地がある。関西空港やUSJ(ユニバーサルスタジオ・ジャパン)などへのアクセスもいい。ある意味“手つかず”だった西成区の萩之茶屋一帯は、実は地の利に恵まれた絶好のエリアであり、インバウンドが本格化したこの10年で徐々に外国人客が訪れるようになった。

 西成区の変遷を見つめる企業経営者の男性は、「日雇いの人々にも変化が起きています。スマホを見ながら場所探しする外国人ツーリストに積極的に声をかけて道案内するなど、できる限りの“おもてなし”をする風景を目にするようになりました」と語る。外国人の中にはホテルでの仕事に就いたり、バーを経営したりと、この地に根を下ろす人たちもいる。

 日雇い労働者の街が遂げた一大変化の裏には、こうした外国人目線による再評価がある。

 楢崎さん自身もこれを実感する一人だ。最近も中国人出張者から「大阪の安い宿を探してくれ」と頼まれてネットを検索し、一泊1700円で利用できる西成警察署前の宿を紹介したところ、「これは安い!」と手をたたいて喜ばれたという。

「バス・トイレは共同で、三畳一間というまるで独房のような部屋やけど、コスト重視の中国人出張者もめっちゃ気に入ってましたわ」(楢崎さん)

 宿の向かいにある高い柵や鉄格子で囲まれた西成警察署が象徴するように、実は少し前まで、宿が立地するエリアは暴動が起きるなど、あいりん地域でも危険視されていた場所だった。

 楢崎さんは長い歴史を振り返りながら、「そんないわく付きのエリアに外国人客が泊まるってこと自体が歴史的な一歩なんや」とつぶやく。