「この成功法則の通りにやれば、うまくいきます」。この世には、そんな「ハウツー」や「メソッド」があふれている。それらを習得することは、仕事や人生をうまくいかせる上で、ある程度は有効だ。しかし、次に何が起こるか予測不可能な今の社会では、「成功パターン」に頼りすぎることはむしろリスキーだと、サイエンス作家・竹内薫さんは語る。
今回は、「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』(王立協会科学図書賞[royal society science book prize 2022]受賞作)の翻訳を手がけた竹内薫さんに、ビジネスパーソンが抱く悩みを、生物学的視点から紐解いてもらうことにした。
生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド氏(『銃・病原菌・鉄』著者)にも「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」と言わしめた本書を読み解きながら、人間の悩みの本質を深掘りしていく。あらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返してきた生命たちの奇跡の物語は、私たちに新たな視点を与えてくれるはずだ。(取材・文/川代紗生)

動物たちが「群れのボスを選ぶ」ためにやっていることPhoto: Adobe Stock

動物たちの群れに見る「リーダーシップ」の本質

――「コミュニティを成功に導くリーダーの定義とは?」。私たちも、日常生活でたびたび自身に問う質問だと思います。動物たちは、どのように群れのリーダーを選んでいるのでしょうか?

竹内薫(以下、竹内):たとえば、オオカミやイヌの群れは、力が強いだけではなく、頭が良いボスでないと、集団を存続させるのは難しいと思います。

――頭がいいこと、ですか。

竹内:ええ。群れで狩りをするときにも、作戦が必要です。うしろからただ追いかけ続ければ、獲物が捕まるわけでもないので、回り道をしたり、待ち伏せしたりするなど、いろいろな作戦を考えなくてはなりません。

 その点、頭のいいボスでないと、群れ全体が生き残るのが難しくなります。

 また、ときには「協調性」が重視される場合もあります。群れの中には、仲が良い個体もいれば、そうでない個体もいる。喧嘩ばかりになってしまう場合もあるでしょう。

 そこでリーダーがやるべきなのは、威厳を持って抑えて、全体の和を保つことです。

――オオカミでも、チームの「和」を重視することがあるのですね。なんだか、人間とそう変わらないような……。

竹内:血を流すような喧嘩になって、1匹が負傷したり、死んでしまったりしたら、戦力を失うことになりますからね。

 そうやって、メンバーとうまくやっていけずにチームから追い出された1匹が「はぐれオオカミ」になったりすることもあります。

 そういう意味では、コミュニティマネジメントに関しては、動物社会のほうが、人間社会よりもむしろ厳しいかもしれませんね。常に死の間際で暮らしているのが動物ですから。

「長老」階層が進化のカギを握っていた

――人間の場合、年齢が上の人がチームをまとめる役割を担ったりする場合が多いですが、これは、人間特有の現象なのでしょうか?

竹内:ナショナルジオグラフィック日本版ウェブサイトの記事「ゾウは年齢、ハイエナは王族 動物のリーダーの条件」に、興味深い記述がありました。

「アフリカゾウにとってのリーダーは、群れの中で最も年齢を重ねたメス」だというのです。出産を終えた閉経後のメスが、資源豊富な水場へと連れていったり、孫たちを見守ったりと、群れの中で重要な役割を担う、と書かれています。

――『超圧縮 地球生物全史』でも、共通する部分がありましたよね。

竹内:そうですね。ここでは、ホモ属の「閉経後の女性」の役割について書かれています。

 一般に、ほ乳類でもなんでも、年をとって生殖できなくなった生き物は、あっという間に死んでしまうもの。

 しかし、人間の場合、中年になり生殖機能を失ったあとも、何十年も有用な人生を楽しむことができ、最終的に、より多くの子どもを育てることができるようになりました。

超圧縮 地球生物全史』には、こう書かれています。

 更年期障害もまた、人間特有の進化的革新だ。(中略)やがて、閉経後の女性に子育てを頼める集団は、多くの子どもを生殖可能年齢まで育てるようになった。この貴重な子育て人材を活用できない集団は絶滅していった。(P.241)

 女性が閉経を迎え、長生きするようになったため、男性も長生きするようになりました。ここで、出現したのが、「長老」という新しい階層です。

 この「長老」たちは、集団を存続させるために非常に重要な役割を担うことになりました。

 人間は、学ぶだけでなく、教えることができる唯一の動物だと思われる。それを可能にしたのが長老たちだ。若い世代が赤ちゃんに授乳したり、狩りに出かけたりしているあいだ、生産性の低い長老たちは、新しい世代に自らの知恵を伝えていた。その子どもたちは、(出生児に相対的に未熟なため)長い幼年期を送るので、このような知恵を習得するのに充分な時間があった。抽象的な情報が、カロリーと同じくらい大切な、生存のための価値ある通貨になった。(P242)

 動物の多くが学習能力を持っており、人間と同様に、他の個体を無意識に模倣して、狩りをしたり、歌を学んだり、遊び方を覚えたりします。

 けれど、知識、知恵、歴史、物語を複数の世代に伝えることができるようになったのは、「長老」という階層ができたからなのです。

――「なぜ、年齢が上の人を敬うようになったのか」など、ここまで深く考えたことはありませんでしたが、こうして、生物学の視点で掘り下げてみると、面白いですね。

竹内:文学に感銘を受けると人生が変わるものですが、僕にとっては、本書も同じでした。

 地球生命の誕生と絶滅の物語を知ると、石油や地球温暖化や絶滅危惧種や更年期などについて、深く考えるようになり、世界の見え方が変わりました。

 これは、人生が変わったということだと思います。

竹内薫(たけうち・かおる)
1960年東京生まれ。理学博士、サイエンス作家。東京大学教養学部、理学部卒業、カナダ・マギル大学大学院博士課程修了。小説、エッセイ、翻訳など幅広い分野で活躍している。主な訳書に『宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』(ロジャー・ペンローズ著、新潮社)、『WHOLE BRAIN 心が軽くなる「脳」の動かし方』(ジル・ボルト・テイラー著、NHK出版)、『WHAT IS LIFE? 生命とは何か』(ポール・ナース著、ダイヤモンド社)、『超圧縮 地球生物全史』(ダイヤモンド社)などがある。