ムツゴロウさんによれば、それまでの北海道民とヒグマの関係というのは、暗いものであったという。

 あるとき、稚内の近くでヒグマが一頭、海を泳いでいたそうだ。これに驚いた漁師たちが総出で船を寄せ、カイ(オールのこと)でめった打ちにして沈めたのだという。そんな話を聞いたムツゴロウさんは、「キザな言い草だが、ヒグマと共同生活をするために必要なのは力ではなく、やさしい粘り強い愛であろう。害を与えない仲間として人を認識させねばならぬ」と決意したのだ。

20年飼育していたヒグマが
飼い主を惨殺する痛ましい事件も

 しかし、ムツゴロウさんは当然知っていたと思われるが、ヒグマは「友情」などという概念を基本的に理解できるか、できないのかがよく分かっていない動物である。

 ちょうど最近も、クマが20年間にもわたって飼っていた飼い主を惨殺するという痛ましい事件が起きている。

 2022年11月28日午前9時20分ごろ、長野県松本市五常の住宅で、この家に住む丸山明さん(75)がクマに襲われたと家族から警察に通報があった。警察官が駆けつけたところ、扉が開いたおりの近くに倒れている丸山さんの周辺を、体長1メートルほどのクマがうろうろしたり、おりから出たり入ったりしていた。そのため、地元の猟友会のメンバーがクマを射殺したという。その後、松本市内の病院へ搬送された丸山さんの死亡が確認された。

 この事件を扱ったNHKの記事『飼っていたクマに襲われ 75歳男性死亡 松本』は次のように報じている。

「警察によりますと、丸山さんはおよそ20年間、このクマを飼っていたということで、丸山さんの73歳の弟は『兄は山に仕事に行った時に親からはぐれた子グマを見つけ、それからずっと飼っていた。こんなことになって残念だ』と話していました」「松本市保健所によりますと丸山さんは、クマの飼育の許可を受けていたということで、ことし5月におりの構造や施錠などについて検査を受け、問題はなかった」