ただ、この“返す”という発想は、直接相手に伝えなくても、自分の気持ちを整理するうえで、大事な意味を持ちます。イライラ、モヤモヤした感情を、技を使って整理することで、自分が何に、誰に、なぜ怒っているのかが、見えてくるのです。
思いが見えたら、さらに先へと進めます。すなわち、怒りを相手に“返す”(伝える)のか、くやしさをバネに“活かす”のか、自分の中で“流す”(忘れる)のか、選べるようになるのです。こうした技の数々を、ここから手に入れていきます。
覚えておいてほしいのは、「我流で怒るだけでは、ダメなんだ(足りない)」ということです。我流とは、過去の自分のパターンです。ぐっと怒りを呑み込んだり、逆にカッとなってぶつけてしまったり、相手に圧されて言いなりになってしまったり、憂さを晴らしてごまかしたり―このままでは、怒りが積もってゆくばかりです。
我流ではなく、ちゃんと技を使うこと。過去の怒りも、今まさに関わっている“あの人”への不満も、理不尽な社会への憤りも、すべて技を使って解決していくのです。
草薙龍瞬 著
ともあれ、腹が立ったら、理解を求める――そう発想を切り替えてください。あれこれ悩んでモヤモヤする手間を省けます。
もっとも、理解を求めることは、面倒なものです。相手がどう出てくるか、わからないし、いざ話をすることは、時間も体力も精神力も、時にお金もかかります。
だから“返す”ことは、なるべく最後に回しましょう。まずは、自分の側でできる、比較的簡単な技から磨いていきましょう。なるべくかわす、流す、活かす――。
怒りは、思い悩むものではありません。技を使えばいいのです。 怒れる人から、正しく怒(おこ)れる人へ――その道を歩み始めましょう。