中国重視を隠さなくなった
マクロン大統領
今回のマクロン大統領のNATO東京事務所の設置反対には、その予兆となる出来事があった。
マクロン大統領は4月5日から8日まで中国を訪問した。この訪問には約50人ものフランス大企業のトップを引き連れており、フランス側にとっては明らかにセールス外交だった。
中国側はエアバス160機の受注、フランス産豚肉など農産品の輸出拡大を約束して、航空宇宙や原子力発電での協力やカーボンニュートラルの拠点を共同で建設するなど経済協力を深めている。マクロン大統領は、中国市場を利用して、自国経済の活性化を狙ったのだろう。
さらに驚いたことに、マクロン大統領は中国に国賓待遇で迎えられており、マクロン大統領の地方視察にも習近平主席が自ら対応し、首脳会談は非公式のものを含めれば2日連続で行われた。文字通り破格の待遇であり、中仏があたかも世界に向けて蜜月関係をアピールするかのような様子だった。
日欧米から孤立している中国がフランスとの蜜月ぶりをアピールするのは理解できるが、フランスが中国包囲網の方針に逆らって中国との蜜月をアピールした裏には、それなりの意図的な政治的な演出があると考えるべきだ。
マクロン大統領が「親中」にシフトしたことは、中国訪問の後で明らかになった。マクロン大統領は中国からの帰国の飛行機内でのインタビューで、「EUは米中対立と距離を置いて、第三極を目指すべきだ」「台湾における緊張の高まりはEUに利害がない」として、米中対立に追随すべきではないと主張している。つまり、EUは台湾有事に関わるべきではないと述べたのである。
この発言については欧米各国から批判を浴びて撤回を強いられたが、「台湾に関わるな」はマクロン大統領の本音だろう。
また、マクロン大統領はウクライナ戦争の仲介を習主席に求めており、もはやフランスにとって中国が仮想敵ではないのは明らかである。NATOは一貫して中国を仮想的としているので、その中国にウクライナ戦争の仲介を求めることは、フランスがNATOやアメリカの方針を拒否して、独自に中国との連携を図っている証左である。
ちなみに、7月6日の習主席との1時間半にわたる首脳会談で、マクロン大統領は「ウクライナとの戦争でロシアが使えるもの」を何も提供しないように求めている。それに対して、習主席からはウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談する準備があるという言葉を引き出している。習主席が間接的ながら仲介を引き受けたと考えるべきだろう。
また、マクロン大統領はNATOがアジアに拡大することに否定的なコメントを出しており、フランスが対中包囲網に参加するつもりがないのは明らかである。これだけ親中にシフトしていれば、もはやフランスはNATO東京事務所の設置を阻止するつもりだと考えるほうが自然なくらいである。
問題はこれがマクロン大統領のスタンドプレーだったのか、フランス国内のコンセンサスだったのかにある。
また、中国との蜜月を演出するというのは、フランスが加盟しているEUの方針ともぶつかる。EUは中国のウイグル人への人権じゅうりんに対して抗議している立場だが、フランスは人権問題に言及しつつも、それより関係強化のほうが重要だと示したことになる。
マクロン大統領の親中シフトが強まる中、今回の台湾発言に対するフランス国内の反応についても、筆者が調べた限り、それほど強い反発は出ていないように思われる。