マクロン大統領が
対中方針を大きく変えた理由

 ところが、マクロン大統領はそれまでとは反対の態度を取ってきていた。その典型が南太平洋についてである。

 南太平洋のフランス領ニューカレドニアでは何度も独立の機運が高まり、そのたびに独立を図る住民投票を行ってきたが、3度とも否決された。そして2020年頃には中国が独立派住民に接触して、独立派と反独立派の分断工作を行っていたことが問題になっている。

 フランス国防省の軍事学校戦略研究所が出版している報告書では、2021年に中国が沖縄とニューカレドニアを中国の浸透政策の事例として取り扱い、当時、日本でも話題になった。同じような事例は南太平洋の島しょ部を中心に散見されるが、フランスはもともと海外領土保全のために、対中包囲網に積極的に参加していたのである。

 実際、マクロン大統領は2021年に同じく南太平洋にあるフランス領ポリネシアを訪問した際、「外国による雇用創出計画に気をつけよ」と、間接的ながら中国の一帯一路に警戒を促して、独立を思いとどまらせることに成功している。

 かつてマクロン大統領は、EUは中国に対して警戒すべきだと主張していたが、現在は180度態度を改めている。これはなぜなのか?

 マクロン大統領が中国との蜜月を演出する理由として、欧州委員会のフォンデアライエン委員長が強面を演出する一方で、マクロン大統領が柔和に接することで、中国からの果実を引き出しやすくする策略だという説がある。いわゆる「グッドコップ・バッドコップ(よい警官と悪い警官)戦略」と呼ばれるものである。

 しかし、マクロン大統領は一貫してEUとは関係なく外交を展開しており、今回だけ両者が連携している可能性は低いのではないだろうか。

 マクロン大統領が親中にシフトした理由の一つは、よく言われるように、フランスが中国を重要な市場として認識している点がある。今やフランスハイブランド商品の最大の購買者は中国であり、ヨーロッパが中国離れを起こしている今は、フランスにとって中国市場を拡大するチャンスでもある。

 フランスで6月に起きた、警察による17歳少年の射殺事件をきっかけとする暴動は、フランス全土に広がった。これは移民を中心にした暴動と言われるが、実は略奪が多く、広くは貧困層が不満をぶつけた「経済格差」をめぐるものだとみるべき暴動である。つまりは、フランス経済の停滞が引き起こした面があり、それだけ経済問題が深刻化しているわけである。

 フランスが中国市場を重視しているのは今に始まったことではないが、マクロン大統領は、コロナ禍と資源高で悪化したフランス経済の立て直しに、どうしても中国との連携が必要であると判断したのだろう。

 また、フランスは原発大国であり、エネルギーの多くをウランに頼っている。濃縮ウランは禁輸品には入っておらず、フランスにとって最大の輸入元はいまだにロシアである。エネルギー危機以降、フランスのロシア依存はさらに強まっているのである。

 そのため、マクロン大統領は西側の首脳としては例外的に、ウクライナ軍事侵攻以後もプーチン大統領と何度も会談を重ねて粘り強く交渉を続けてきた。ロシアはフランスにとっては原発の生命線であり、他のNATO加盟国のようにアメリカと同じスタンスを取ってウクライナ側に一方的につくことができないわけである。

 仏ロ関係を壊さずにウクライナ戦争を和平に持ち込むには、フランス側としては中国の手を借りるしかないと判断したのだろう。NATOがさらなるエネルギー禁輸を行い、濃縮ウランがロシアから入手できなくなれば、フランスにとっては悪夢である。また、ロシアがNATOから完全に切り離されれば、中国との連携が強まり、ロシアはこれまで以上に制御不能になる可能性もある。

 いずれにしても、フランスの利益にとっては中国との連携が欠かせないと判断したと見るしかない。