日本では2007年に刊行され、「世の中にこんな会社があったのか」「こんなことを考えている会社があるのか」とパタゴニアという会社のユニークさを日本に知らしめたのが、『社員をサーフィンに行かせよう』だった。創業者のイヴォン・シュイナードが、「パタゴニア社員に理念を示す手引きとして書いた」という本は、世界で10ヵ国以上に翻訳され、高校や大学、有名企業でも注目され、ハーバード大学でもケーススタディとして取り上げられることになった。それから10年。パタゴニアの取り組みや新たな考え方を加えて生まれたのが、『[新版]社員をサーフィンに行かせよう パタゴニア経営のすべて』である。(文/上阪徹)

【物作りの未来】パタゴニアが考える「最高の製品とは何か?」の意外すぎる答えPhoto: Adobe Stock

「パタゴニアの経営理念」はなぜ熱狂的に支持されるのか?

 2017年に刊行され、再びパタゴニアという世界でも珍しいユニークな会社の存在を世に知らしめることになった『[新版]社員をサーフィンに行かせよう パタゴニア経営のすべて』。著者は、創業者のイヴォン・シュイナードだ。

 サーフィンが好きな社員が、最高の波をつかまえるためにサーフィンに行けるようにすることもパタゴニアを象徴する事実だが、もうひとつの事実は、独特の考え方で経営が行われていることだ。

 すなわち、「最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」をどう実現しようとしてきたかしかない。(P.122)

 現在のパタゴニアの経営理念は、さらに踏み込んだものになっている。「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」。そして以前の理念と同様、単なるお題目になっているのではない。実際に、この理念に基づいて商品づくりも、店舗づくりも、経営も行われているのだ。

 それが記されているのが、「パタゴニアの理念 8つのガイドライン」である。

 ここで言う「理念」とは、我々の価値観をパタゴニアの各部門に適用できる形で表現したものである。具体的には製品デザイン、製造、販売・流通、マーケティング、財務会計、人材活用、経営指針、地球環境についての理念があり、ウェアのデザインから製造、販売にいたるプロセスをパタゴニアがうまく実現できるように書かれている。だが、ほかの事業にも応用できるはずだ。実際、建物の設計や建築について、我々は、ウェアデザインの理念を応用していたりする。(P.126)

 理念は各部門ごとに言語化され、どうすれば理念が実現できるのかが、明らかにされているのだ。

高級シャツは本当に「最高の製品」なのか?

 今でこそパーパス経営や理念経営がもてはやされ、シリコンバレーの企業から日本企業に至るまで注目されるようになってきている。しかし、パタゴニアはすでに30年以上前から、理念と中心とした経営を行ってきた。

 そして、理念とは何か、それをどう守っていくのか、について明確な考えを持ってきた。

 どうやってパタゴニアは理念を守っていくのか。
 その答えは「我々の理念は規則ではなく指針である」だ。進め方の基本となるものであり、理念は「石のように変わらない」が、その適用方法は状況次第で変わる。具体的なやり方は変わっていくかもしれないが、会社の価値観やカルチャー、理念はいつまでも変わらない。(中略)
 パタゴニアでは、この理念を社員一人ひとりに伝えるようにしている。だから、全員、選ぶべき道がわかっており、上司の指示を待つことなく、自分で判断することができる。
(P.126-128)

 8つのガイドラインの中で、例えば「製品デザイン」なら、「常に最高をめざす」というショルダーフレーズが置かれている。だが、ここで難しいのは「最高とは何か」である。

 実際、「世界一といえばイタリア製のシャツ。1枚300ドル」と語るチーフデザイナーに、著者は「洗濯乾燥機に放り込んでも大丈夫なのか」と問う。「そんなことをしたら縮んでしまう」という返答に、著者は言う。

 私に言わせれば、そこまで取り扱いに気をつけなければならないシャツは価値が低い。扱いやすさは大事なポイントであり、そんなシャツなど買いたくもなければ、まして、作って売りたいとは思わない。(P.130)

 だから、徹底的に「最高」が定義されていくのだ。その徹底ぶりが、なんともパタゴニアらしい。「製品デザイン」には、それぞれ詳細な解説がついているが、テーマだけでも紹介しておこう。

機能的であるか
多機能であるか
耐久性は高いか
修理可能性
顧客の体にフィットするか
シンプルの極致か
製品ラインアップはシンプルか
革新なのか、発明なのか
デザインはグローバルか
手入れや洗濯は簡単か
付加価値はあるか
本物であるか
美しいか
流行を追っているだけではないか
柱となる顧客を念頭にデザインしているか
不必要な悪影響をもたらしていないか
オーガニックコットン
他の繊維
染料と合成繊維

 さて、これほどまでに詳細な「最高の定義」を作っているメーカーがどれだけあるだろう。

「洗濯の害」は「製造の害」の4倍

「製品デザイン」だけで実に50ページ以上にわたって「理念」の具現化が語られていくのだが、ひとつ、ショッキングな一文をご紹介しておきたい。環境にも大きく影響する「手入れや洗濯は簡単か」だ。

 衣料品が環境に及ぼす影響を、生地の生産から染色、製造、流通、消費者による手入れ、廃棄にいたるライフサイクル全体について調べた結果、驚いたことに、洗濯がかなりの悪者であることが判明した。販売後の手入れがもたらす害が、製造過程全体で生じる害の4倍に達していたのだ。(P.150)

 手入れや洗濯が、実は環境に大きな影響をもたらしていたのである。アイロンは電気の無駄遣いであり、温水による洗濯はエネルギーの浪費になる、と著者は説く。ドライクリーニングは有害薬品を使う。乾燥機は着用しつづけるより衣料品の寿命を大きく縮める。洗濯は、エネルギーをたくさん使うのだ。

 賢い消費者、善良な市民として責任ある行動をしたいと思うなら、一番いいのは古着を買うことだ。次が、ドライクリーニングやアイロンがけをしなければならない服を買わないこと。洗濯には水を使う、なるべく吊るし干しにする、せめて2日は着てから洗濯する、旅の服はコットン100%ではなく乾きの早い素材を選ぶなども有効だ。(P.152)

 パタゴニア製品には、リサイクル素材の使用や衣類の製造過程で使用する水の節約量が表記されている。

 環境を変えられるのは、実は企業だけではない。私たち一人ひとりなのだ。

(本記事は『[新版]社員をサーフィンに行かせよう パタゴニア経営のすべて』より一部を引用して解説しています)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

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