日本では2007年に刊行され、「世の中にこんな会社があったのか」「こんなことを考えている会社があるのか」とパタゴニアという会社のユニークさを日本に知らしめたのが、『社員をサーフィンに行かせよう』だった。創業者のイヴォン・シュイナードが、「パタゴニア社員に理念を示す手引きとして書いた」という本は、世界で10カ国以上に翻訳され、高校や大学、有名企業でも注目され、ハーバード大学でもケーススタディとして取り上げられることになった。それから10年。パタゴニアの取り組みや新たな考え方を加えて生まれたのが、『[新版]社員をサーフィンに行かせよう パタゴニア経営のすべて』である。(文/上阪徹)

【究極の会社】パタゴニア社員の全行動を決める「たった一言」の判断基準Photo: Adobe Stock

会社の意思決定はすべて「一つの文脈」で行われる

 2017年に刊行され、再びパタゴニアという世界でも珍しいユニークな会社の存在を世に知らしめることになった『[新版]社員をサーフィンに行かせよう パタゴニア経営のすべて』。著者は、創業者のイヴォン・シュイナードだ。

 パタゴニアの働きやすさを重視する素晴らしい福利厚生の仕組みについてももちろん書かれているが、著者が最もページを割いているのは、環境問題について、である。

 なぜなら、それこそパタゴニアという会社が最も大切にしていることであり、パタゴニアを世界で稀有な存在にしている理由だからだ。

 我々の会社、パタゴニアは実験的な試みだ。その目的は、「自然の破壊と文明の崩壊を避けるためいますぐやらなければならない」と母なる地球の健康に警鐘を鳴らす書籍に書かれていることを実際に行う、である。自然環境が崩壊の危機に瀕しているとの見解で科学者はほぼ一致しているにもかかわらず、我々の社会は行動を起こそうとしない。社会的レベルで関心や想像力が不足しており、流されてしまっている。
 パタゴニアは常識に挑み、責任あるビジネスの形を提示するための存在だ。
(P.16)

 パタゴニアのミッションは、「ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」ことなのだ。後にパタゴニアは「理念(フィロソフィー)」を制定することになるが、いくつかの項目のうち、真っ先に著者が記した一文がこれである。

・当社における意思決定は、すべて、環境危機という文脈で行う。害悪をもたらさぬよう、できるかぎりの努力をすること。可能な場合には必ず、問題を減じる行動を選ぶ。改善は果てしなく続けるものであり、みずからの活動について評価や再評価をくり返さなければならない。(P.111-112)

 こうして「オーガニックコットン」の使用から「修理」「手入れの簡単さ」「シンプルなデザイン」、さらにはビジネスパートナー選び、環境活動への大規模な寄付まで、徹底した取り組みが行われていくのである。

なぜ、自然破壊は急速に進んでいるのか?

 著者による環境問題への気づきは、創業期にさかのぼる。自然と触れあうスポーツを好んでしていただけに、その気づきは鋭かった。事業運営についての悩みに加え、この問題も著者を痛めつけることになった。

 悩みはもうひとつあった。自然界の荒廃だ。気づいたのは、登山やサーフィン、釣りをしようとネパールやアフリカ、ポリネシアなどを再訪したときだ。いずれも、数年前の訪問から様変わりしていた。(P.94)

 また、「不在による経営(Management By Absence)」(略称MBA)なる理論を掲げ、ヒマラヤ山脈や南米の厳しい環境で、自社製品の摩耗試験をして歩いていた。自らの役目は、社外に出て新しいアイデアを持ち帰ることだと自認していた。実際、新製品や新市場、新素材などのアイデアを見つけては、ワクワクしながら帰社していた。

 ところがそのうち、世界が大変な勢いで変わっていくのを見るようになる。

 アフリカでは、人が増えるにつれて森や草地が消えていく。地球温暖化により、クライミング史の一翼を担ってきた氷河が溶けていく。エイズやエボラ熱の出現と時を同じくして、森林の皆伐が広がるとともに、病原菌に感染したチンパンジーやフルーツコウモリにいたるまで野生動物の肉が食用として大量に市場に流れるようになった。(P.95)

 ロシア極東部にカヤックの旅に出ると、国土の相当部分が破壊されているのを見た。石油、鉱物、木材など資源の採取によって土地は荒れ、工業化の失敗で都市も農地も汚染されていた。

 身の回りでも、南カリフォルニアの海岸線や丘陵がどんどん舗装されていった。ワイオミング州からは毎年、野生動物が少なくなり、釣れる魚は小さくなった。35度近い記録的な暑さが何週間も続くようになった。

 さらに、多くの書物から学びを得た。表土や地下水が急速に失われていること、熱帯雨林が伐採されていること、絶滅が危惧される動植物が増えていること、かつては清らかだった北極地方に住む人々が、最近は工業国が垂れ流した物質で汚染されているから動物や魚を食べないようにと警告されていることなどだ。

 だが、誰も重い腰を上げようとはしていなかった。

環境問題を解決するために実践できること

 一方で、大変さはあるものの動植物の生息域を守ろうという小さな団体がひたむきに活動すれば、大きな成果を挙げられることも知った。サーフィン映画を観ようと映画館に行くと、上映後、若いサーファーが観客に呼びかけた。

「市議会の公聴会に出席し、ベンチュラ・リバー河口の水路計画と開発に反対の声を上げてほしい」

 そこは地元有数のサーフポイントで、パタゴニアの事務所から500メートルも離れていなかった。公聴会では、専門家が証言したり、学生が川岸で撮った写真スライドが上映された。開発計画は撤回となる。

 マークは、ふたつの教訓を与えてくれた――草の根の活動で成果をあげられること、傷んだ生息域も努力次第で回復できること、だ。彼の活動に触発され、我々は、動植物の生息域を守る活動やよみがえらせる活動をしている小さな団体に寄付をするようになった。大きなNGO(非政府組織)を選ばなかったのは、そういうところにはたくさんの職員を抱えて間接費が多く、企業とのつながりが強いからだ。(P.98)

 1986年には、毎年利益の10%を寄付すると宣言。のちには支援額を増やし、売り上げの1%か税引前利益の10%のいずれか多いほうとした。以来、利益が上がってようがいまいが、誓いを守っている。

 1988年には全国規模の環境キャンペーンに乗りだし、ヨセミテ渓谷の都会化を避ける基本計画を支援する。その後は、サケや川の再生支援、遺伝子組み換え作物への反対、ワイルドランドプロジェクトへの支持、アルプスに汚染物質をまき散らすトラック通行に反対するなど、さまざまなキャンペーンを展開する。

 環境についての問題意識を持つ、という段階はもう過ぎている、と著者は語る。必要なのは、それに対する実践なのだ。

 論文や書籍、映画、科学者の警告が山のようにあふれ、さらには、軍さえもが「人類の安全を脅かしている最大の要因は地球温暖化である」と言うようになったにもかかわらず、各国政府も企業も、あなたも、そして私も、この流れを逆転させ、問題を解消する道に進むことを拒んでいる。(P.11)

 そしてもちろん自社についても、汚染者としての側面をなるべく減らさなければいけないと考えるようになっていく。その取り組みは、「パタゴニアの理念 8つのガイドライン」として、本書に詳細に綴られている。

(本記事は『[新版]社員をサーフィンに行かせよう パタゴニア経営のすべて』より一部を引用して解説しています)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

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