思考の基本という土台があれば
指数関数的に成長できる

――テクニカルな方法論についてもお伺いします。本書にあるとおり、若者が方法論をゼロから打ち立てるのは非効率だから、伝えるべき既存の方法論をきちんと伝えたいということですね。本書では、10X思考について、「20世紀型思考を巧みに編集し直した」と書かれていて、第1部では、これまでの思考法の概要と流れや、長所や短所が初学者にもわかりやすく解説されています。改めて、10X思考について教えていただけますか。

 10Xは直線的な成長ではなく、指数関数的な成長です。線形成長ではなく、非線形に伸びやかに上昇する。金融でいえば、複利型で、元金に利息が加わったものが、元金になり、今まで培ってきたものが、さらにベースとなって成長の土台となって、成長の角度が大きくなっていく。このようにベースが常に積み上がるのが複利の考え方。「ゼロベース」という言葉はいかにも勇ましいですが、それではあまりにもったいない。

 その土台となる既存の代表的な思考法について、簡単に言えば、

1)「ロジカル・シンキング」は直線的な因果関係を最短で結ぶもの(垂直思考)

2)「デザイン・シンキング」は多様性・可能性の輪を広げるもの(水平思考)

3)「システム・シンキング」は複雑系の中から創発を導く(動態思考)

ということになります。

 こうした今まである考え方の上に、「巨人の肩に乗る」ように、新しいものを描くと、さらに新しい成長カーブが生まれ、常に角度が上がっていく。これまで蓄積したものを、うまく編集し直すことを繰り返して、違う角度の成長が生まれ、それを積み上げていくと10Xの成長になる。土台があるほどそれが踏み台になって高さも増す。これが10Xの本質であり、イノベーションの定義です。イノベーションは決してディスラプション(破壊)ではありません。

――本書でも「すでに習得済みの人もいるだろうけれども、これをマスターしなければ話を前に進められない」と書かれています。

 私が若かった頃、マッキンゼーの大先輩の大前研一さんに「大前さんのような仕事をしたい」と言ったら、「何を言っているんだ、まず基礎、『型』を覚えろ」と言われました。「守破離」の「守」ができていないのに、自分らしい踊りだなんて勝手なことをしても醜いだけだと。基本技をマスターした上で、組み合わせて新しいものを生み出すのが手順であり、まずは正しい土台をしっかり踏み固めることが重要です。ここで挙げた3つの思考法は、みな違う技で、異なる局面で役に立ちます。しかも本書で右脳と左脳と間脳に例えたように、補完し合っているので、ぜひマスターしてほしいです。

――日本経済や企業で求められることとしては「イノベーション」を論じられ、それは「新結合(名和氏の表現では異結合)」であるということと、その意義とその方法論が示されます。

 以前から何度も、特に2022年に著した『資本主義の先を予言した史上最高の経済学者 シュンペーター』で強く論じたのは、イノベーションはインベンションではないということです。インベンション(発明)は、可能性が1個増えるだけです。それをいかに1→10にマネタイズ、つまり事業として成立させ、10→100で世の中に広く実装していくかが重要で、そのようにスケール化するゲームがイノベーションなのですが、多くの日本企業はイノベーションを0→1と履き違えています。

  イノベーションに新機軸という訳が存在するように、基本的には軸を変えて、関係を編集し直すことによって、違う関係軸、異質なもの同士を結びつけ、そこで相乗効果を生むのです。今日ではデジタルを介してということになります。デジタルは単なる手段でしかないので、DXではなく、XX、つまり何を変革するかが本質であるということも強調しておきたいと思います。このように関係性を違う形で編集することが、イノベーションなのです。

――そのイノベーションの方法論としての「パラダイム・シフト」(思考のずらし)ということだと思いますが、本書で最も重要と思われる第5章の内容の概要を教えていただけませんでしょうか。

 第5章では、4つの軸で「ずらす」ことを説明しています。

 1)は時間軸。平面的には、既存のものに対して、「非」既存(今ないもの)という形でデジタルに二分することができますが、時間軸を加えると、図のように、未顧客とか、未体験のように「非」のものが「未」に変わる可能性がある。今やっていないものは全部「非」なので「非」を見つけるのは容易ですが、既存と「非」の間にあるかもしれない「未」を切り取るのはとても難しい。その「非」から将来気になるものを見つけるのが、「未」でそこにイノベーションがある。

2)は空間軸です。日本ではやりの「両利きの経営」を例に取ると、深掘りする話と探索する話と、これまた空間をデジタルに二分してしまうところが大きな間違いです。必要なのは「ずらし」で、自分が得意なものを横にずらして探索をし、探索して見つかった方法論は、素早く既存のものに入れると、既存のものが10倍になる。だから、単純に分けても全く意味がない。両利きの経営を提唱されたスタンフォード大学のチャールズ・オライリー教授は必ずしも深化と探索と二分せよとは言っていないのですが、日本の経営者は楽なので、「今あるものはとりあえずやる」「新しいものも探索しよう」と軽いのりでやってしまう。ずらすことこそが大事であるというのが、日本における「両利きの経営」に対しての私のアンチテーゼで、これは、ハーバード大学のジョン・コッター教授が提唱するDual OS 組織の考え方にも通じるものです。

 3)は価値観の軸です。当たり前の客観的な正義ではなく、主観的な正義を持つこと。自分たちの思いがこもっていることが、志の一番大事なポイントです。世の中の人たちが正しいと言っていることになびいていては新しいものは生み出せません。

 4)は勝ち軸。『学習優位の経営』を2010年に出版して以来、マイケル・ポーター流の競争優位ではなく、時間軸上の学習優位のほうが持続的である、と言い続けてきました。現状の局面でポジショニングをしてそこで一番大きな面積を取るというポーター理論は、スタティック(静的)でダイナミック(動的)ではありません。この点は、マギル大学のヘンリー・ミンツバーグ教授もポーター批判で指摘していたところです。これは、本書で繰り返し説いている思考法の基本です。

「先生の志は何ですか?」「学生や経営者、一人ひとりの心に火をつけることです」『桁違いの成長と深化をもたらす 10X思考』
名和高司著、定価3190円、ディスカヴァー・トゥエンティワン刊

 以上の4つの軸で二項対立を排するのが「ゆらぎ、ずらし、つなぎ」という一連のイノベーションの話です。

――価値観の主観正義のところに、先生がずっとおっしゃっているパーパスが効いてくるということですね。

 そうです。当たり前の未来でなく、自分たちの志から出てくる、アスピレーションに近いところ、これが本書で言う主観正義です。

 

 

 

 

名和 高司(なわ たかし)

京都先端科学大学ビジネススクール教授、一橋大学ビジネススクール客員教授

東京大学法学部卒、三菱商事に約10年間勤務、ハーバード・ビジネス・スクール修士(ベーカースカラー授与)。2010年までマッキンゼー・アンド・カンパニーのディレクターとして約20年間コンサルティングに従事。デンソー、ファーストリテイリング、味の素、SOMPOホールディングスなどの社外取締役を歴任。『コンサルを超える問題解決と価値創造の全技法』『成長企業の法則』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)、『資本主義の先を予言した史上最高の経済学者 シュンペーター』(日経BP)、『稲盛と永守――京都発カリスマ経営の本質』『経営変革大全――企業を壊す100の誤解』(ともに日本経済新聞出版)、『パーパス経営――30年先の視点から現在を捉える』『企業変革の教科書』(ともに東洋経済新報社)、『学習優位の経営――日本企業はなぜ内部から変われるのか』(ダイヤモンド社)など著書多数。

【訂正】記事初出時より以下の通り訂正します。

9段目:「(ジル・)ドゥルーズ」→「ジャック・デリダ」

(2023年7月31日14:30 ダイヤモンド編集部)