熊本市が条例改正案
「外国人も市民」を撤回

 日本の人口・労働力の減少については、子育て世代に育児のアドバイスをするといった悠長なことを言っていられないほど、切迫した問題だ。そこで、外国人の受け入れも重要だが、こんなニュースもあった。

 西日本新聞の記事『「外国人も市民」熊本市が記述を撤回 条例改正案パブコメに反対意見7割「参政権認めたことにならないか」「安全保障上問題」』によれば、熊本市では、「市民」の定義に「外国の国籍を有する者を含む」という記述を自治基本条例の改正案で追加する予定だったが、結局撤回する方針だという。

 これはパブリックコメントに寄せられた約1900件のうち、7割近くが反対意見だったことを反映したものという。

  さらに、朝日新聞によれば、パブリックコメントのうち市外からのものが1300件あり、「多くが素案には書かれていない参政権に関する懸念」だったという。つまり、反対派の一部には、排外的な主張を持つ人々がいて、意見表明の呼びかけがあった可能性もある。

 市の担当者は、「現状の条例でも外国籍住民は市民の定義に含まれている。明記にこだわることはないと判断した」と説明したというが、批判的なパブリックコメントを寄せた人々にとって、この撤回は「勝利」なのだろう。

 国内の一部では、外国人増加への危機感をあおる言説が渦巻いている一方で、日本経済が今やインバウンドや外国人労働者の労働力に頼らざるを得なくなっていることは誰の目にも明らかだ。

 日本経済が弱体化し「日本人の人口」が減少しているからこそ、一部の人が外国人の流入に厳しい目を向けるのかもしれないが、外国人差別は根本的な不安の解消にはつながらない。

 明るいニュースが少ない中で、人気グループAAAの與真司郎(あたえ・しんじろう)さんが性的少数者であることをカミングアウトした報道には、「応援する」といった好意的なコメントが若い層を中心に相次いだ。

 マイノリティーや若者、子育て世代の「生きやすさ」が、社会全体の「生きやすさ」にもつながるはずだ。そんな主張を、この閉塞感の中で繰り返したくなる。