「『自由と平等が大事じゃない!』という人は、近代国家以降*3ではまあ、そうとうの少数派だと思います」

*3 近代国家への移行を論じる際に、歴史的に象徴的な出来事として、カトリックとプロテスタントによる宗教戦争、いわゆる「三十年戦争」の講和条約であり、近代国際法の元祖とも言われるウエストファリア条約(1648年)が挙げられることが多い。ウエストファリア条約以降は、教皇や皇帝といった中世的な権力をもって欧州を秩序づけようとする試みは事実上断念された。

 そりゃそうだ、中世の宗教国家でもあるまいし。高校で世界史を履修したケンジは、それは当然だという顔をしているが、納得をしている気配はない。その気配を察知しつつ末席は続ける。

「現実には、両方大事だとして、では、どのくらいのバランスがいいのか。これは非常に難しい問題です」

 ケンジは、末席の意図がすこしわかった気がするが、簡単にショックから立ち直られてもツマラナイ気がして、表情を変えず、あえて質問をする。

「両方大事にしましょうじゃ、なぜだめなんでしょうか」

 末席は「変人」のレッテルからの名誉挽回のために、必死で説得を試みる。

「じつは、『自由』と『平等』って、両立しない場合が多いんですよ」*4

*4 柄谷行人「自由・平等・友愛」『<戦前>の思考』所収などを参照。

 ケンジは、意外だな、という顔を作りつつ、末席の解説を待っている。

「といいますか、たとえば、近代に移行する過程では、『自由』と『平等』はどちらもそれまでにない新しい概念だったので、それを獲得しようということで済んでいました。その時点では、『自由』と『平等』の関係に対して、大して問題なかったわけです」

 期せずして、掛け言葉*5を使ってしまった末席に乗じて、嶋野が即応する。

「で、革命が起こる、と。まあ、話は簡単だよね」

*5 「対して」と「大して」。念のため。