奄美語、国頭語、宮古語、沖縄語、八重山語、与那国語は、すでにお話ししたように、日本語の中の「琉球方言」と考えるのが普通です。また、八丈語も、日本語の中の「八丈島方言」です。「方言」だとしても、消滅の危機を迎えていることは間違いありません。

 日本全国の方言は、50年くらい前から消滅の危機が叫ばれていました。1999年には、「基本的な部分は共通語で固められた上に、感情表出に関わる単語や終助詞などに方言的要素を散(ママ)りばめるといった程度のものが、今や方言的な会話の実態」と言われています。

 方言は、国家という概念ができると、減少する傾向があります。ゆっくりと国家の標準的な言語形態に向かって方言が変化し、消滅していってしまうからです。

 方言の消滅に続くのは、より高いレベルの国家語です。つまり「日本語」の消滅です。「日本語」の消滅の恐れさえ、抱かなくてはならない状況になってきたのです。消滅の波は、「方言」から国家レベルの「日本語」にまで、ひたひたひたと音もなく、おしよせてきています。

日本語の将来を守るには

 日本語が世界第9位の話者数を誇っているのは、実は、欧米列強が東アジアや東南アジア、そして太平洋地域の島々の植民地化に乗り出した時、日本とタイだけは、民族国家の形をとった独立国だったため、植民地化を免れたという過去の僥倖(ぎょうこう)に負うているわけです。

 にもかかわらず、日本は、自ら進んで、小学校の低学年からの英語教育に乗り出しました。よほどの覚悟を持って日本語の将来を守らなければ、いつの間にか英語の国になっている可能性もあります。

 言語学者のK・デイヴィッド・ハリソンさんは重い口調で言います、「その言語を用いる人々が国際言語を採り入れはじめると同時に(その言語は)消えていく」と。