「甲社の場合はどうですか?」

 D部長は次のように答えた。

<甲社の現状>
(1)について
給与規程には昇給の有無に関する明記はあるが、減給に関する明記はない。
(2)および(3)について
賃金は等級および号数別の基本給額の一覧表を給与規程に載せている。
<「○等級○号の基本給額は××円」という見方をする>
しかし、社員の業績評価への明確な基準はなく資料もない。定期昇給などの場合は各部署の課長の意見も聞きつつ、最終的にはD部長が一覧表を見ながらその都度決定するので、(2)と(3)が必ずしも連動しているとは言えない。

「甲社の現状では、(1)の件もそうですが、Aさんから減給の理由を具体的に求められた場合、他のメンバーと比較する基準になる人事考課資料等がないので説明ができませんよね。従って、Aさんの承認なく基本給を減額にする扱いは、無効になる可能性が高いです」
「じゃあ、A君を懲戒処分にして減給することはできますか?」

<懲戒処分としての減給>
○懲戒処分とは、業務命令や服務規律などに違反し、企業の秩序を乱す行為をした労働者に対し制裁として行う不利益措置(懲罰)のことをいい、減給処分もその一つである
(ただし懲戒処分として減給を行うには、就業規則への明記が必要)
○懲戒処分としての減給には「1回の減給額は平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない」という上限がある。(労働基準法第91条)
○能力不足そのものは労働者個人の問題であり、企業の秩序を乱す行為ではないので懲戒処分には該当しない。
○Aの場合、再三の注意にもかかわらずミスを繰り返したことで顧客に不利益を与え、会社の信用を失墜させたとして懲戒処分にできる可能性があるが、処分を決定するには煩雑な過程をクリアする必要(例えば、口頭ではなく文書での注意を複数回行うなど)があり、現状では難しい。

 D部長はため息をついた。

「わかりました。A君の給料を下げるのはやめ、パート社員の補充もあきらめます。しかし、このままでは何の改善もされません。業務上のトラブル解消と、他のメンバーとの能力差を考慮したA君の処遇への対処策はないですか?」