ハンターが求めた死体

 ハンターは、珍しい動物の死体を欲するのと同じように、珍しい人間の死体をも欲しがった。例えば、当時世界一の巨人といわれた、身長二四〇センチメートルを超えるアイルランド人男性チャールズ・バーンの逸話は有名だ。

 実はバーンは巨人症(末端肥大症)で、過剰に分泌された成長ホルモンのため、身長が病的に高かった。むろん当時はそうした病気に関する医学知識はなく、バーンは驚異的な身長を売りにしてショーに出るなど、世界的に有名な人物になっていた。

 ハンターは、バーンの希少な肉体を手に入れ、詳細に調べたいという、ほとばしる情熱に侵された。他の解剖学者より先にバーンの死体を手に入れるため、バーンの死期が近づくと、見張り番を雇って彼を観察した。

 一七八三年、バーンが二十二歳で亡くなると、ハンターは葬儀屋に高額を支払ってバーンの死体を手に入れ、見事な骨格標本をつくり上げた。

淋病患者の膿

 ちなみにバーンの骨格標本は、現代もなおハンテリアン博物館で人気の展示物だが、二〇二三年一月に展示の取りやめが決定された。故人の遺志を尊重すべきという指摘が相次いだためだ。かつてハンターが非倫理的な方法で死体を手に入れたことが、今になって問題視されたのである。

 ハンターの常軌を逸した探究心は、性感染症にも及んだ。彼は淋病の感染経路を調べるため、淋病患者の膿を自らのペニスに突き刺して感染が成立することを実証したとされる。

 他にも、性感染症に関する多くの知識をまとめ、一七八六年、『性病全書』を執筆した。 ハンターは多くの著書や論文を発表し、医学界で地位を高めた。

科学的外科の父

 彼にとって人体は、化学や物理の世界と同じく、徹底的な観察と実験によって科学的に理解可能な存在だったのだ。 ハンターの発想は、当時としては異端だった。

 多くの人々にとって人体という「神秘的な創造物」は、過去の偉人たちが残した文献を通して学ぶべき対象だったからだ。ハンターの死後、彼は「科学的外科の父」として歴史に名を残すことになる。

 一七七二年、ハンターは自宅で解剖学講座を開き、多くの弟子を育てた。その一人、エドワード・ジェンナーは、のちに世界で初めて天然痘ワクチンをつくり、後世に名を残した人物だ。

狂気のハンター兄弟

 ジョン・ハンターの兄、ウィリアム・ハンターは産科医として有名な人物だ。特によく知られた著作が、一七七四年に出版した『ヒト妊娠子宮の構造』である。 この本には、妊婦の子宮の中で胎児が成長する様子を描いた精緻なイラストが多数掲載された。

 まるで写真のように美しい解剖図の数々は、一体どのようにして描かれたのだろうか。 当然ながら、レントゲンやMRI、エコーといった検査機器はなく、体の中を透かし見る技術など想像すらできなかった時代だ。

 実は弟のジョン・ハンターが暗躍し、妊娠の途中で命を落とした妊婦の死体を集め、丁寧に解剖したのである。妊娠の各段階に相当する妊婦の死体を一つ一つ集めるという狂人的な作業は、弟の破天荒な情熱と、彼が築いた死体蒐集ネットワークのおかげだったのだ。

 母体の腹の中で胎児がどのように変化するのか。誰もが知り得なかった真実を、ハンター兄弟は明らかにした。狂気としか言いようのない所業は、結果的に医学の進歩に確実に役立ったのである。

(本原稿は、山本健人著すばらしい医学からの抜粋です)

山本健人(やまもと・たけひと)

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に17万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)、新刊に『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)ほか多数。
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