石橋湛山や吉野作造の思索を
今後の対外論にどう活かすか

――最後にご専門である対外政策についてお聞きします。最初の単著『戦争違法化運動の時代―「危機の20年」のアメリカ国際関係思想』(名古屋大学出版、2014年)のあとがきに三牧先生は、「石橋湛山や吉野作造の対外論を検討しているうちに、彼らの対外論に占めるアメリカの重要性を認識し、アメリカ研究にひかれていった」と書かれています。現在の日本でも「日本は今後どうすべきか」を考える中で、国会で「超党派石橋湛山研究会」という議員連盟が発足して、彼の思想を見直す動きがあります。どう思われますか。

 吉野や石橋が活躍した大正時代のアメリカは、国際政治に理想主義の考えを持ち込もうとしました。学者出身のウッドロウ・ウィルソン大統領が登場し、民族自決や国際連盟の創設を掲げて、国家間のパワー・ポリティクスに特徴付けられた国際政治を変革していこうとしたのです。

 もっとも、国際連盟はアメリカ国民には不人気で、民主党のウィルソン政権は、共和党政権に代わられてしまいました。とはいえ共和党政権も、国際平和に対してアメリカが何もしなくていいと考えていたわけではなく、民間にまず広まっていた「戦争違法化」のアイデアを取り入れて、1928年の不戦条約の成立などに貢献しました。

 言及していただいた『戦争違法化運動の時代』は、戦争違法化の考えを広める運動をたった一人で、私財を投じて始めた弁護士サーモン・レヴィンソンの活動に注目したものです。

 その後、この考えは、アメリカ政府、さらには国際連盟のような国際的な場にも広がっていき、国家の政策の手段としての戦争を放棄することを宣言するとともに、国際紛争を平和的に解決すべきことを定めた不戦条約の思想的な背景にもなりました。

「Z世代のアメリカ」はどこへ向かうか?日本はどうすべきか?

 吉野や石橋ら、この時代の日本のリベラリストたちの国際協調論は、こうしたアメリカの理想主義に大きな影響を受けていました。

 しかしだからこそ、日本人移民排斥問題や満州事変をめぐってアメリカとの関係が冷え込み、日本の対米イメージが悪化すると、彼らの国際協調論も力を失っていきました。

『Z世代のアメリカ』で描いたように、今日のアメリカは、自信や理想主義に満ちていた時代のアメリカとは根本的に異なる存在になっています。

 対外的に民主主義をうたってはいますが、足元で自国の民主主義は動揺し、アメリカを民主主義のお手本とみる国際世論も弱まっています。

 私たち日本の対外認識や平和論は、アメリカに肯定的な人も、批判的な人も、やはりアメリカを中心にしてきました。今すぐとはいいませんが、長期的には、アメリカに頼りすぎない平和論や対外論を構想していく必要があると考えます。

 吉野も石橋も決して単純な日米協調論者ではなく、アメリカの問題性、アジア諸国との関係の重要性に気づいていた論客です。彼らの思索を今後の対外論に活かすという場合には、むしろそうした面にこそ注目していくべきではないでしょうか。

――アメリカはオバマ大統領の時代に「世界の警察官ではない」と宣言しています。米中対立が深まる中、地政学的リスクが高まっていますが、日本はどうすべきでしょうか。

 中国への警戒論や中国脅威論は、アメリカでも高まっています。それは、Z世代も同様です。

 ただ、Z世代にとっては、中国は生まれたときから既に大国であり、彼らには、今後中国と長く付き合っていかねばならない世代としてのリアリズムがある。それを第3章「米中対立はどう乗り越えられるか―Z世代の現実主義」で描きました。

 年長の世代には、米中の間に圧倒的な力の開きがあった時代へのノスタルジーがあり、どうしても中国への優越感、さらには人種差別主義もあります。

「Z世代のアメリカ」はどこへ向かうか?日本はどうすべきか?『Z世代のアメリカ』、三牧聖子著、NHK出版新書、2023年7月刊

 Z世代は、相対的にそうした観念から自由です。彼らには、米中の国家間関係の悪化が、アメリカ国内で中国系やアジア系への差別に結びつくことはあってはならないという人権意識も強い。

 中国は非常に付き合いが難しい国であることは、残念ながら変わらないでしょう。日本は、その人権侵害的な政策や拡張主義的な政策については、毅然として批判していかなければなりません。

 他方で、こうした国が日本の隣国という事実は変えられない。中国という難しい国と、決定的な衝突を避けながらどう付き合っていくかについて、アメリカのZ世代の模索から、私たちも学ぶことがあるのではないかと考えています。(了)

 

三牧聖子(同志社大学 大学院グローバル・スタディーズ研究科 准教授)

1981年生まれ。国際政治学者、同志社大学大学院准教授。東京大学教養学部卒業、同大学院総合文化研究科博士課程修了。米ハーバード大学日米関係プログラム・アカデミックアソシエイト、高崎経済大学准教授などを経て現職。専門はアメリカ政治外交史、平和研究。著書に『戦争違法化運動の時代』(名古屋大学出版会)、共著に『私たちが声を上げるとき――アメリカを変えた10の問い』(集英社新書)、共訳書に『リベラリズム 失われた歴史と現在』(青土社)などがある。