美術品や現物資産がガラクタだって?「暴論」が映し出すリスクマネーの未来とは『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第26回はリスクマネーとベンチャー投資について考える。

「知る人ぞ知る」レストランが…

 道塾投資部の現状に飽き足らない主人公・財前孝史は、先達たちが蓄えてきた美術品などの現物資産を「ガラクタ」と言い切る。死蔵された資産を現金化してベンチャー企業への投資に回すという財前のアグレッシブな提案が波紋を呼び起こす。

 財前のベンチャー投資構想は、やや粗い印象はあるものの、問題意識として大筋で正しいと私は考える。ようやく動き出した「貯蓄から投資へ」の一歩先にどんな世界があり得るか、描いてみよう。

 すでに上場している株式への投資は、投資家の間でお金が回っているだけで、企業に成長マネーが回るわけではない。投資ブームの盛り上がりには、こんな冷ややかな見方がある。投資マネーが膨らんだところで、成長セクターに資本が流れ込むわけでもなく、日本経済を活性化するパワーはないというわけだ。

 この批判は、局所的には正しい。だが、少し広い視野から眺めると、違った側面が見えてくる。

 仮にマネーの流入が続いたとしよう。そうなれば、普通の株式投資で超過収益(市場平均を超えるリターン)をあげるのは段々難しくなる。投資マネーが不足している間は、市場に有利な機会が放置される余地が残るが、カネの奔流がそれを食い尽くしてしまうからだ。

「知る人ぞ知る」だったレストランも、SNSで拡散されてしまえば予約が取りにくくなる。情報とお金の流れが飽和すると、何事も「みんなのもの」になってしまう。

 そんな状況でアドバンテージを得るには、差別化とフロンティア精神が必要だ。他の投資家が目をつけていない投資案件、たとえばアーリーステージのベンチャー、事業化の前段階のプロジェクトやアイデアへの投資などにまでマネーが染みわたっていく。

育たないリスクマネー

漫画インベスターZ_4巻P7『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 無論、上場株に比べれば換金性・流動性は低く、事業が行き詰まるリスクは高い。その代わり、当たれば見返りは大きい。米シリコンバレーでは、そんなリスクの担い手としてエンジェル投資家が大きな存在感を持っている。

 日本では長年、そうした真の意味でのリスクマネーがなかなか育たないのが課題とされてきた。国民性や経済システムの違いに理由を求める向きもあるが、私は足りないのは「量」だと思う。投資マネーの厚みが増せば、どこかで量が質に転換する上記のような流れが生まれるのではないか。

 主将の神代圭介は、学生という本分を考えれば、ベンチャー投資までは手が回らないと説き、財前の提案を実現不可能と断じる。これは多くの個人投資家に通じる話だ。普通の人々にとって上場株などが投資の主流になるのは必然であり、リスクマネー全体では「量」の出し手となる。それに押し出されるように、プラスαの収益が必要なプロの投資家たちの一部が高度な専門性と大胆なリスクテークが必要なマーケットに向かう。

 一歩引いてみれば、これはシンプルな市場原理、需要と供給の関係にすぎない。政府の方針などのトップダウンの圧力より、「そうしないと儲からない」という状況で人々の欲望を刺激した方が経済を動かす力は強い。

 企業に成長マネーが直接流れ込まないからといって、株式投資をマネーゲームと貶める必要はない。そうしたお金の流れは、大きな流れの中で「神の見えざる手」を駆動するエネルギーになるのだから。

漫画インベスターZ_4巻P8『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ_4巻P9『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク