人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。
バンザイの姿勢と静脈
腕をぶらりと下げ、その表面を見てみてほしい。多くの人は、皮膚に浮き出た血管を見ることができるだろう。これらはすべて静脈である。
静脈は、体の末梢から心臓へ戻っていく血管だ。したがって、腕に見える静脈の中の血液は、指先から肩の方向へ流れている。
このことは、簡単な実験で確認できる。腕を上げてバンザイの姿勢をとり、その状態で同じ血管を見てみてほしい。
驚くほど速やかに、浮き出ていた血管はすべて凹んでしまうはずだ。
重力に従って、静脈の中の血液が心臓のほうへ流れ去ったためである。逆にいえば、腕を下ろしているとき、静脈血は重力に逆らって流れていることになる。
実は静脈の中にはたくさんの逆流防止弁がある。動脈ほど流れに勢いのない静脈血が、腕を下ろしているときも指先へ逆流せずに心臓に戻ってくるのは、この弁のおかげだ。
血管は何色をしているか?
不思議なことに、よく見る人体のイラストでは、たいてい動脈は赤、静脈は青で描かれている。
だが、実際の動脈と静脈は全く違った色である。
先ほど確認した通り、腕の静脈は、皮膚の表面からは薄い紫から緑色に見える。皮膚を切り裂いて静脈を直接見ると赤みは増すが、やはり中の血液がうっすら透けて見える程度で、色味としては紫から緑に近い。
一方、動脈の表面は白い。血流の勢いが強いため、動脈の壁は丈夫で分厚く、神経でできた白い鞘で覆われ、赤い血液が透けることはない。
図鑑などで見られる血管の色はあくまでイメージにすぎず、リアルな色調からは意外なほどかけ離れているのだ。
動脈は静脈よりはるかに血圧が高いため、手術の際に傷がつくと、血液が吹き上がるように出血する。
医療ドラマの定番シーン
人気医療ドラマ『ドクターX 外科医・大門未知子』では、手術の腕が凡庸な外科医が血管を傷つけ、顔に血しぶきを飛ばして慌てふためくシーンが定番だ。
確かに、傷つけたのが動脈であれば、小さな血液の飛沫が顔に飛ぶことは現実にもある。
ドラマと現実との違いは、この現象が必ずしも「緊急事態」を意味するものではないことだ。
止血のための道具は多くあるため、すぐに処置をして事なきを得るのが常である。
むしろ顔に血が飛ぶほど出血源が明白な動脈出血であれば、かえって止血しやすいケースも多いのだ。
一方、ゆっくりとわき上がるように出血し、出血源が即座にはわからないような静脈出血のほうが、よほど恐ろしい。
静脈の壁は動脈より薄く、ひとたび傷つけると、慎重に操作しなければ裂け目がさらに広がって収拾がつかなくなる。
ドラマより「地味な」出血のほうが、現実には「緊急事態」なのだ。
ドラマの世界では、いかにも「緊急事態」であることが伝わりやすい表現が求められる。だからこそ、顔に血液が飛ぶ、という派手なシーンが好まれるのだろう。
リアルな血液の色とは?
ちなみに、ドラマでよく見る血液の色調もリアリティを欠くことが多い。たいてい透明度が高すぎるからだ。
人間の血液は、その四五パーセントが細胞成分である。細胞成分の九九パーセントは赤血球で、残りが白血球と血小板だ。
つまり血液の中には、おびただしい数の目に見えない細胞が浮いている。よって実際の血液は、透かして向こう側を見ることができないほど透明度が低く、赤みが濃い。
たくさんのプランクトンが発生した川のごとく、血液は「淀んで」いるのだ。
人体を構成する成分は、すべてが複雑にできていて、人工的に表現するのが難しい。ドラマを見るたび、この「難しさ」を痛感し、人体の神秘に思いを馳せるのである。
(本原稿は、山本健人著『すばらしい医学』からの抜粋です)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に17万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)、新刊に『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)ほか多数。
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