常に大衆と向き合い、「草の根」の力を重視した

 なすべきことを着実に行う――そんな李氏の姿勢は中国の大衆に歓迎された。

 中国では前政権の胡錦涛時代からすでに失業が深刻で、大学生は「卒業と同時に失業」する現象が社会問題になっていた。いかに雇用を創出するかは李氏にとっても避けて通れぬ重要課題で、李氏はこの難題に対し「大衆による起業精神、大衆によるイノベーション」をぶち上げた。誰もが起業すれば失業は解消される――「草の根」が持つ力を信じたのである。

 この考えは、2014年に李氏が湖南大学(湖南省長沙市)を視察したときに初めて生まれたと言われている。

 視察中、学生から贈り物として渡された絵葉書を、李氏は「あなたたちは社会の起業家、私はあなたたちの消費者になろう」と言ってわざわざポケットマネーで購入したのは有名なエピソードだ。同大学には長沙市のお土産品のデザインや販売に携わる学生もいて、李氏はその起業家精神を高く評価していた。

 この年、天津市で開催された夏のダボス会議を訪れた李氏は「中国の大地で『草の根』の起業とイノベーションを起こす」と述べた。

 コロナ禍では、李氏の「露店経済(中国語で「地攤経済」)」が注目を集めた。かつて地面に布を広げて商品を売る露店商売は「中国の活力」そのものだったが、中国都市部の発展とともに、景観を損なう、ゴミで汚れる、イメージが悪いなどの理由で規制の対象になった。

 しかし「明日からでも始められる」というこの商売は、コロナ禍の失業者対策にはうってつけだった。2020年の全国人民代表大会(全人代)で李氏は、視察で訪れた四川省成都市や山東省煙台市の露店の取り組み事例を示し称賛した。

 すると、それを追うようにして上海市や江蘇省南京市、浙江省杭州市、遼寧省大連市など、多くの地方政府がこれに続いた。李氏には「こうした露店商売は中国経済の原点であり、失業者の救済策に十分なり得る」という考えがあった。

 このように李氏のまなざしの先には常に大衆が存在していた。視察中の李氏と共に写真に映る人々の顔が明るいのは、李氏を心から慕っていたこともあるのだろう。

 一方で、習氏の内心は容易に察しが付く。彼にとっては最大の政敵だということだ。