「ハーメルンの笛吹き男」「ドラキュラ」――。西洋に伝わる不思議で不気味な奇譚の数々は、今もなお多くの人を魅了している。西洋絵画に隠された恐ろしい真実を綴り話題になった『怖い絵』(角川書店)シリーズの著者でドイツ文学者・中野京子が語り手となり、妖しい西洋の物語を紹介する。本稿は、『中野京子の西洋奇譚』(中央公論新社)の一部を抜粋・編集したものです。
『ハリーポッター』にも登場する
恐ろしい植物「マンドラゴラ」
映画「ハリーポッター」シリーズに、恐ろしい植物が登場する。ホグワーツ魔法魔術学校における薬草学の授業で、生徒に耳をふさがせ、先生が鉢から引き抜くと、人間によく似たその醜い塊根は手足(?)をばたつかせながら、甲高く耳障りな悲鳴を上げるのだ。
これがマンドラゴラ(=マンドレイク)。
ハリポタのとおりとまでは言わないが、マンドラゴラは実在する植物で、はるかな昔からさまざまな芸術に取り上げられてきた。いくつか例をあげると――
シェイクスピアの『アントニーとクレオパトラ』に、アントニーの死を悼んだクレオパトラが、彼のいない空白を眠って過ごすため「マンドラゴラを与えておくれ」という台詞がある。『ロミオとジュリエット』でも、ジュリエットを仮死状態にした薬草はマンドラゴラだった。
またヴェルディのオペラ『仮面舞踏会』では、許されぬ恋を諦めようと必死のヒロインに、女占い師がこう言う、特別な草を抜いてきたら処方してやろう、しかしそれが生えているのは処刑場で、満月の夜に一人きりで行かねばならない、と。観客にマンドラゴラを想起させる設定だ。
旧約聖書にも、ヤコブの妻レアがマンドラゴラの劇的効果で妊娠した話が出てくる。
ローマ帝国期のギリシャ人植物学者の植物学者ディオスコリデスの写本挿絵には、山野の精霊ニュンペーがディオスコリデスにマンドラゴラを手渡すシーンがあり、そばで一頭の犬が悶絶している(犬に関しては後述)。
さらに時を遡った紀元前14世紀のツタンカーメン。彼の墓から出土した小箱の蓋に、マンドラゴラを摘む女が描かれている(栽培していた証拠だ)。