マンドラゴラほど奇妙で薄気味悪い伝説をまとった植物はないだろう。地中海沿岸から中国西部にかけて自生するナス科のこの毒草は春咲きと秋咲きがあり、前者が雄、後者が雌と、両性があると信じられてきた。

 葉は地上に放射状に広がって生え、黄または青紫がかった小さな花が咲く。円い果実は――紐付きピンポン玉のように、あるいは睾丸のように(そのためこの植物は多産の象徴となる)――地面に転がる。また地中の太い塊根はといえば、紡錘形で先が脚のように二股に分かれているので、時として小さな人間のように見えることがあった。古い図版には、葉を生やした裸の男(雄マンドラゴラ)と裸の女(雌マンドラゴラ)が描かれている。

犬の命が犠牲になる
マンドゴラの引き抜き方法

 長らく外徴説(人体各部とそれによく似た外形をもつ植物の間には神秘的照応関係があるとの俗信)がまかりとおっていたため、マンドラゴラの根が人体そっくりなのは万病に効く証とされた。需要が多くなるのも道理だが、地下には塊根の他に毛細血管のような多量の細かい根が張りめぐらされ、引き抜くのに大変な力が要る。その際の音もきわめて不快らしい。

 だが何といってもこの植物の特徴は、全草が有毒(実も完熟するまでは危険)という点だ。とりわけ根は神経毒アルカロイドを数種含み、幻覚、錯乱、嚥下困難、発熱、嘔吐、瞳孔拡大、心悸亢進などを引き起こし、死に至る場合すらある。

 もちろん毒は薬にもなるから、古来、麻薬剤(快楽効果の一方、禁断症状もある)、鎮痛・鎮静剤、健胃剤などに使われた。媚薬や妊娠薬としても有効と信じられたので、魔女の膏薬とも言われたし、錬金術の原料としても使用された。

 人型のごつごつした奇怪な姿、猛毒、採取しにくさ、不快音。ここまでくれば、誰からも妖しの植物と見なされたのも無理はない。口伝えに語られたのは――

 マンドラゴラは町はずれの処刑場に生えている。童貞の若者が首を吊られて死ぬ間際に放出した精液が、土に触れてマンドラゴラを育てたのだ。足を持つこの植物は、真夜中には地中から出てあたりを動きまわることもあった。

 マンドラゴラを引き抜くには予防策を講じねばならない。引っ張ると身の毛もよだつ悲鳴を上げ、聞いた人間を狂い死にさせるからだ。耳に栓をし、金曜の日の出前に、よく仕込んだ犬を連れて行く。マンドラゴラの前で三度十字を切り、周りの土を掘って根と犬を紐で結わえ、十分離れた場所から犬を呼ぶ。すると忠実な犬は走り出し、同時にマンドラゴラは地中から引き出されて叫び出す。聞いた犬は悶え死ぬが、マンドラゴラは無事手に入るという次第だ。

 可哀そうなワンちゃん……。