そうした方々が「1on1のやり方が分からない」というのは、非常に素直な心情の発露だと思います。会社への忠誠心も高く、指示されたことはきちんとやりたいと考える真面目な方々でもあります。聴くことに関する戸惑いとの狭間で「どうしよう」と悩まれている方も多いのです。

聴くことの効果は一度研修を受けただけでは、なかなか理解することが難しいです。聴くことにまつわる誤解や理解のなさは、自分が聴くことをやったことがないために起こっていると同時に、「上司がじっくり聴いてくれると、こういういいことがあるのか」という経験が少ないことからも起きているからです。

この連載の第1回(『“強い”組織ほど「聴き合うこと」を大切にする理由』)でもお伝えしたことですが、私が講演で参加者に尋ねると、「そういえば、本当に育ててくれた上司はよく話を聴いてくれました」と思い出される方もいます。ただ、やはり意識したことがないので、聴かれたという経験が自分の中に明確にはない人がほとんどです。人間は自分がされていないことをしてあげるのは難しいので、そこにも戸惑いが生じます。

まとめると、「聴くことのメリットが感じられず意欲がわかない」「聴いてもらった経験がないのでうまく聴けない」という2つが、1on1をうまく進められない大きな理由になっているのではないでしょうか。

プロの聴き手に「聴かれる」体験を通じて「聴く」ことの良さを知る

「聴いてもらった経験がないのでうまく聴けない」という点については、櫻井さん(編集部注:エール代表取締役の櫻井将氏)が講演でよくする話が、たとえとしてわかりやすいかもしれません。

彼が学生時代に旅行したエジプトで教わった「コシャリ」という料理があります。エジプトの国民食とも言われ、日本のレシピサイトにも作り方が載っているし、日本で手に入る食材で作れます。彼は「とてもおいしいので、皆さん作ってみてください」と紹介するのですが誰も作らないというのです。確かに講演に同席して、かれこれ10回はこの話を聞いている私も、作り方を検索すらしたことがありません。コシャリという食べ物を見たことも食べたこともないので、作りたいという気にならないですし、仮に作りたいと思ってレシピ通りに作ったとしても、本物を食べたことがないので「この味で正解なのか」がわからないからです。

「聴く」ということも、これに似たところがあると彼は言います。自分が聴かれて、それが良かったという経験、つまり「食べて、おいしかった」にあたる経験がなかったら、やりたいとも思わないし、やってみたところでそれが正しいのかがわからない。そこに1on1で「聴く」ことへの戸惑いの源があるのだろうと思います。