“人類史上屈指の天才”が数億円の巨額損失「人々の狂気は計算できない」と悟ったワケ『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第41回は、歴史上の偉人も翻弄されたバブルの歴史をたどる。

バブルと錬金術

 明治期の道塾の投資会議で、主人公財前孝史の曽祖父にあたる龍五郎はバブルの歴史を振り返る。「買い」一色の番頭たちの意見を聞き置きつつ、投資方針はバブル崩壊に備えた「売り」に決する。影響力を強める龍五郎は生徒たちが主導する投資部の設立に動く。

 龍五郎が板書してみせたように、バブルの歴史を語る時には15世紀のチューリップバブルが例としてよく挙げられる。

 チューリップの原産地は現トルコ。コンスタンティノープルを陥落させたオスマン帝国のメフメト2世は園芸を好み、チューリップを愛でたという。異国から渡ってきた目新しい花がオランダで人気を集め、やがて投機の対象となり、たった一個の球根で熟練工の年収の10倍もの値がついたとされる。

 ただ、このチューリップバブルの実態は詳細な価格データが残っておらず、実態はいまひとつはっきりしない。現代の研究ではバブルの有無自体が明確ではないとみられている。誰もが知る話ではあるが、一種の伝説のようにとらえておくのが良いかもしれない。

 記録が残る社会を揺るがした最初のバブルは、1720年にイギリスで起きた南海泡沫事件(サウス・シー・バブル)だ。マンガの作中では龍五郎がバブルという経済用語を独自に編み出したという描写があるが、史実としての語源はこの南海泡沫事件にある。

 南海泡沫事件は、フランスで起きた「ミシシッピ・バブル」や国家財政が絡む複雑な事件なのだが、最終局面では「南海会社の株価が上がるから株を買う」「買うから株価がさらに上がる」という典型的なパターンに錬金術は集約されていった。

万有引力のニュートンも大損

漫画インベスターZ 5巻P139『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 そして、株価の逆回転が始まり、損失を抱えた投資家が残された。そのうちの一人だったアイザック・ニュートンは現在の通貨価値で数億円に相当する巨額損失を被り、「天体の運動は計算できるが、人々の狂気は計算できない」という言葉をもらしている。ニュートンは造幣局長官として贋金の摘発に辣腕をふるった、意外にお金に縁の深い人物だ。

 南海会社株のバブル崩壊は、賄賂を受け取って便宜を図った政治家にも飛び火し、その事態収拾に活躍したのが、イギリスの初代首相ロバート・ウォルポールだ。ウォルポールはこの事件の後処理をきっかけに権力をつかんだ。今に続くイギリスの議院内閣制の発端はバブルとその崩壊にあったわけだ。

 南海泡沫事件は会計監査にも影響を与えた。大衆から資金を募る株式会社の危うさが混乱の根っこにあったためだ。事件後、会社法の法体系と会計監査の仕組みが整えられていった。

 人類史上屈指の天才ですら巻き込まれる群集の狂気から、どうやって身を守るか。私が座右の銘にしているのは経済学者ジョン・K・ガルブレイスが名著『バブルの歴史』に記したこんな言葉だ。

「現実には、唯一の矯正策は高度な懐疑心である。すなわち、あまりに明白な楽観ムードがあれば、それはおそらく愚かさの表れだと決めてかかるほどの懐疑主義、そしてまた、巨額の金の取得・利用・管理は知性とは無関係であると考えるほどの懐疑主義である」

漫画インベスターZ 5巻P140『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 5巻P141『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク